初めて彼という存在を認識した瞬間から、私は既に彼の虜だった。あの日、彼は駅のホームでヘッドホンを首に掛け、けだるそうに携帯を弄りながら立っていた。眉の辺りで切り揃えられた柔らかくて細い前髪は風と遊び、伏せられた瞼から下りた緻密な睫毛は陶器のような頬に影を落とす。綺麗、なんて陳腐な言葉じゃ言い表せないほどに、浮世離れした男の子。その深い何かを湛えた瞳に映りたい、という本能的な衝動に駆られた。あなたの目に、私はどんな風に映るのかしら?


「あのさ、何か用?」


思った通り、男の子にしては高い声が私の鼓膜を心地よく撫でる。いい声だなあ、もっと喋ってくれないかなあ。


「そこのアホ面引っ提げてる…、そうアンタ。僕の顔に何かついてるわけ?」
「えっ、へっ、私…?」
「だからアンタだって言ってるだろ。ずっと見てくるけどなんなの?僕、知り合いじゃないよね」


男の子はずんずん近付いてきて、私の顔を覗き込んでくる。ひゃっ…!近い、近すぎるぞ!心臓がばくばく鳴って、私を更に焦らせる。逃げ出したいのに、リストバンドを嵌めた細っこい腕が私の手首を握って離さない。上手い切り返しなんて少しも思い付かなくて、私の口は咄嗟に本音を曝し出していた。


「おっ…」
「お?」
「お綺麗です、ね!」


自分、死んでしまえ。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。むしろ喜八郎くん今すぐ掘って下さい。ここにはいない隣の家の三つ上のお兄さんに心の中で縋ってみても、状況は何も変わらない。っていうかあの人がいたとしても助けてくれるわけないじゃないか。血迷ったか、田中李紗。まあ今は喜八郎くんのことはどうでもいい。目の前の彼は一瞬固まったあと、急に吹き出した。


「ぷ、ははっ…本当に変なコ」
「え?本当にって…?」
「まあいいじゃん。それよりさ、僕のこと気になるんだろ?」


なにこの自信過剰、と思わない訳ではなかったが、本当のことなので素直に頷いた。こうしている間にも彼をもっと知りたいという欲が溢れてくる。こんな気持ちは初めてだ。一目惚れ、なんてものをまさか自分が経験するとは思ってもみなかった。


「じゃ、決まり。僕は笹山兵太夫。今からキミ、僕の彼女ね。よろしく、李紗」


それだけ言い残して、彼―笹山くんは電車に乗り込んだ。ぷしゅー。ドアが閉まる。突然の展開について行けない頭は活動停止。この電車に乗らなければ遅刻だとやっと思い出したのは、それから三分後のことだった。あれ、名前…いつ教えたっけ。私の疑問はホームに入って来た電車の音で掻き消されてしまった。






あれから早一年。もはや完全に打ち解けた私と兵ちゃんはお家でのんびり過ごしていた。口にするのは恥ずかしいけれど、私は兵ちゃんに後ろから抱きしめられるのが好きだ。既にそれを知っている兵ちゃんは、私を足の間に置いて後ろから私の肩に腕を回す。猫のように頬を擦り付ける兵ちゃんが、堪らなく愛しかった。二人でぼんやり眺めているテレビの画面では、ちょうどジゼルがロバートへの恋心を自覚する場面が流れている。私に付き合って普段見ないラブコメを観てるせいか、兵ちゃんは少し眠そうだ。眠気覚ましになるかと思って、私は話し掛ける。


「ねー兵ちゃん起きてる?」
「起きてるよ。なに?」
「ずっと聞きそびれてたけど、あの時、どうして私の名前知ってたの?」
「あれ?言ってなかった?」
「うん、知らない」
「僕、綾部先輩と部活一緒だったからさ、李紗のことよく見かけて、話も聞いてたし可愛いと思ってたんだよね」
「え!そうだったの?」
「だからあの時李紗がずっと僕のこと見てるから、これはチャンスかと思ってね」
「嘘だぁ…!だって兵ちゃん最初怖かったもん」
「それは照れてただけだよ」
「えー…でもね。私は兵ちゃんに一目惚れだったから、すごく嬉しかったんだから」
「李紗の好きなとこは見た目だけ?」
「……さあ?」
「いい度胸だね、李紗?」


意地悪くはぐらかしても、兵ちゃんには敵わない。剥き出しの耳を甘噛みされて、すぐに降参する。私が体重を後ろに預けると、ムードに流されてそのままベッドイン。ジゼルの恋の行方はどうなるんだろう。きっと兵ちゃんなら、また一緒に見てくれるよね。映画の中のお姫様には何もかも勝てないけれど、私だってこの人を、一生懸命愛しています。


からまれるロマンス

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10000hit記念
兵太夫多かったので
全部詰め込んでみました
理想と違ったらすみません!
リクエスト
ありがとうございました

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