※ショタケメン
※所謂年齢操作
※いつもの自己満足


近くの木から喧しい蝉の声が幾重にも重なって聞こえてくる。一度空気を吸い込めば、森と土とお日様の匂いが合わさった、何とも言い難い心地良い香りが鼻を抜けた。お母さんが仕事で海外に行く間、預かってもらうからと一昨日こちらにやって来た。初めて体験する田舎、というものはわたしにとって新鮮そのもの。トイレが水洗じゃなかったり(あとでばきゅーむかーが汲み取りに来るらしい)、お風呂を毎度小枝を燃やして沸かしていたり、対猪の電線が張り巡らされていたり、とにかくすごい。コンビニはないけど酪農場はあるし、自販機はないけど顔も名前も知らない他人のはずの住民が冷たい麦茶を差し出してくれる。総じてわたしの印象は「あったかい」だ。どこにいても生命の息吹を感じる。まるで人は一人で生きていけないってことを、わたしに教えてくれてるみたいだった。


「ひゃー気持ちいい…!」


サンダルを脱いで、大きな石の上から足を川にさらした。緩やかな川の流れがわたしの足をくすぐっては去ってゆく。こっちは向こうとは家の造りが違うからか、扇風機だけでも十分涼しい。だけどやっぱり、ひんやりしたこの気持ち良さに敵うものはないだろう。おばあちゃんが西瓜を冷やして待っていると今朝言っていた。昇りかけの太陽を見る。もうすぐおやつの時間かな。


「おねえちゃん、だれ?」


唐突に声変わり前の男の子の声が後ろから響いた。もちろんわたしに兄弟はいない。振り向くと声の持ち主らしき男の子が立っていた。ランニングシャツにハーフパンツ、髪は焼きそばみたいにボサボサで、日に焼けた顔には向日葵のような快活な笑顔を浮かべている。小学生くらいだろうか。その手には虫取り網があり、肩には何も入っていない蛍光グリーンの虫籠が掛かっていた。


「こんにちは」
「こんちはっ!おねえちゃん、なまえなに?」
「田中李紗だよ。君は?」
「おれは、たけやはちざえもん!ハチでいいぞ!」
「よろしくね、ハチ」
「おう!よろしくな、李紗」


年上をいきなり呼び捨てかよ、と思わない訳ではなかったが、彼のあっけらかんとした笑顔を見ていたら、どうでもよくなった。年配の方はよく会うけど、子供を見たのはこれが初めてだ。仲良くなりたいなあ、そう思ったわたしは立ち上がってハチのところに行こうとした。その矢先、ぬるっと滑る足元。あ、やばい。気付いたときにはわたしの体は川の上空に投げ出されていた。


「きゃぁああ!」
「おい、李紗!」


大きな水しぶきが立つ。川は思ったより深くて、地面にたたき付けられるようなことはなかったが、それよりも下に足が着かない。十メートルも泳げないわたしをなめるなよ!泳ぎは大の、にが…、て…


「しょうがねえなあ!」


ハチの叫びの後にどぽん、と人が飛び込む音がした。すぐに近寄ってきたその人に首根っこを掴まれて、ぐんぐん岸に引っ張られる。川の水は綺麗だから、目を開けるとその光景がまざまざと目に入った。え!ハチ!?わたしを助けてくれたのは、わたしより一回りくらい小さなハチだった。驚いたまま、ハチに身を任せて川を進む。足がつくとこまで連れて来てくれたら、前を行くハチは呆れたように笑った。


「こんなのろい川でおぼれるとか、ばかじゃねえの?」
「だって、…あし!つかなかった…もん」
「とかいのヤツはなんじゃくって、ほんとなんだなー」
「…うるさい!あれ?なんで都会から来たってわかるの?」
「李紗みたいな白くてひょろい女、ここらで見たことないもんよ」
「ひょろっ…!?」


ハチはにししと笑う。馬鹿にされてるような気がするのはわたしだけ?実際してるんだろうけど。確かに自分より体の大きなわたしを引っ張っていけるぐらい、ハチには力があるのだ。ここは素直に認めてあげよう。大人として。


「ありがとう、ハチのおかげで助かったよ」


にっこり笑ってお礼を言うと、ハチは突然そっぽを向いた。小さな声で「べつに…たいしたことねえよ」とぶつぶつ呟く。なに?この可愛い生物!強がっているけど、ボサボサの髪の隙間から、真っ赤に染まった耳が顔を出している。あまりに素直な反応に意地悪したくなったから、川原に足を置いた瞬間、後ろから抱きしめてみた。変な呻き声がしたと思ったら、わたしから逃れ出て駆け出そうとする。


「ブラすけてんだよ!李紗のばーか!」


赤い顔を隠しもせずにハチは叫ぶ。弾かれたように下を向くと、濡れた白のTシャツからピンクのブラが透けて見えていた。ありゃりゃ。砂利を踏み締めて、逃げていこうとするハチの首根っこを今度はわたしが掴んだ。


「ね、西瓜、一緒に食べない?」


その瞬間、さっきまでのことが全てハチの頭から吹っ飛んだに違いない。子供っていうのは、予想以上に単純に出来ているらしい。何とも晴れやかな笑顔で、ハチは元気よく頷いた。

拝啓、お母さん。わたしの夏はもっともっと楽しくなりそうです。



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