嫌な予感は準備段階からあった。いつもあたしのことをパシるだけの友達がにやりと笑ったものの、協力するよとチョコを選ぶのを手伝ってくれたのも。誰にも知られずに呼び出しの手紙を下駄箱に入れられたのも。順調に行きすぎてたから、何だか違和感があった。でもあたしは輪を掛けた阿呆であるからそんなこと気にも留めないでこうしてやってきてしまった。簡潔に言おう。後悔している。それこそ山よりも高く、海よりも深く、だ。


「…ずっと好きでした!」


あたしのものとは掛け離れた可愛らしい鈴のような声が震える。その言葉はあたしが言うはずだったのに。彼女が立ってるその場所で、あたしが、次屋に。いけないこととは知りつつも校舎の影から覗き見ると、一つ下の可愛いと評判な女の子が真っ白な頬を朱に染めて綺麗にラッピングした箱を差し出していた。一目で一生懸命作ったことがわかる可愛らしいそれは酷く眩しく見える。視線をずらすと助言を受けた女の子に大人気、最新流行の既製品のチョコレート。何だか根本的なところで負けてる気がした。


「おー、さんきゅ」


そうしてるうちに、女の子の手にあったチョコは次屋の手に渡る。吃りながら礼を述べる次屋は、じっと見つめられて照れ臭いのかほんのり顔が赤い。いやだ、そんな顔しないでよ。あたしには、今の次屋が知らない人に見えた。ううん、知らない人であってほしいんだ。あそこに立つ愛しい人が実は鉢屋先輩の変装であったら、なんて儚い願いを抱いてみても虚しいだけだった。あたしが次屋を見間違えるはず、ないんだから。


「あ、の…それで、付き合って、ください!」


女の子が勇気を振り絞った。その姿は大変いじらしくて、応援したくなるものだったけれど今のあたしには逆効果だった。次屋が、目を細めて、笑顔を浮かべて、鼻の頭を掻いて、口を開く。あたしは彼の返事を聞かずに走り出した。ぼたぼた落ちてゆく涙にも構わない。だって、あんな優しい表情、答えなんて決まってる。誰もいないところに行って一人で大声で泣き叫びたかった。今誰かに会えば、きっと縋り付いてしまう。それは、迷惑になるだろうから。普段から人気のない階段を駆け登って屋上へ続くドアを押し開けて、大きく息を吐き出した。それなのに、


「…なんで、いる、…の?」



息が込み上がって上手く回らない舌を必死に動かした。答えはなく、あったかい、少し固い男の手があたしの頭を優しく撫でる。優しくしないでよ。だめだ、他人の前では泣かないって決めてたのに。心地いい生温さがその決意を脆くも崩壊させた。視界がどんどん歪んでいって、それとほぼ同時に人肌の体温があたしの身体をゆっくり包み込んでいく。拒めない、拒まない。あたしが求めていたものではないのに、温もりは麻薬のように蝕む。今はただ、何かに頼って甘えていたかった。ごめんね、顔を見られないよう意外と逞しい胸板に顔を押し付けながら呟いた言葉は透明な空気に溶けてゆく。別にいいから、辛いときは頼りなよ。そう言って笑顔を貼り付ける藤内の方が何倍も辛そうだった。ほんとに、ごめんね、何度も何度も繰り返す。藤内を傷つけてまで恋をして。どこまでも優しい藤内に優しさを返してあげられなくて。横目で映す、みてくれだけは綺麗なチョコレートは誰かの口に入ることなくごみ箱行きだ。それと一緒にこの苦しい想いも棄ててしまえればいいのに。好きだったの、嗚咽と一緒につい漏らしてしまった本音に藤内はしっかり頷く。その優しさが哀しかった。


「…俺は、好きだよ」


申し訳なさそうに藤内は笑う。そんな表情させたくないと思う気持ちは本物なのにあたしは頷けなかった。代わりに、あたしもだいすきだよ、とからかうように口角を上げた。気にしていない、立ち直ったふりをして。あたしはなんて我儘なんだろう。藤内はこんなにも優しいのに、あたしの心を揺らすのは、好きだと言ってほしいのは次屋だけなんだ。ごめんね、もう一度囁いた謝罪に藤内は小さく笑った。



(君を好きになればよかったね)

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