―着信一件。
バイト終了と共に制服から私服に着替え、取り出した携帯のディスプレイがちかちか光る。小さく溜息を吐いて、もう一度鞄に戻そうとすると、高校のときの修学旅行でしぶ鬼とペアで買ったミニーのストラップが揺れた。勝手口で会った店長に「お疲れ様でした」と一言掛け、そのまま店を出て帰路に着く。近所のコンビニを過ぎたところで、マナーモードを解除した携帯が、低く唸った。特別に設定してあるその着信音で、相手が誰かなんてすぐにわかる。一瞬躊躇ったのに、身体は勝手に通話ボタンを押していた。


「もしもし?」
「…はーい」
「さっき、電話したの気付かなかったの?」
「バイト中だったもん」
「着信履歴は?」
「見てない。考え事してて気付かなかった」


顔が見えないというのは本当に便利なことだ。変に勘の良いしぶ鬼のこと、面と向かって話していたら私の嘘も簡単に見破ってただろう。考え事してたのは本当だけど。


「そうかよ」
「で?何の用なの?」
「あー…大した用じゃないんだけどさ…今日告白された」
「ふぅん」
「反応薄くない?」
「一応びっくりしてるよ。私も今日告白されたから偶然ってすごいなあって」
「えぇ!?ほんと!?」
「うるさい。叫ばないで」
「だっ…だって!返事は、返事はどうしたの!?」
「えー…言うの?」
「言わなきゃだめでしょ!」


きんきんうるさい声から離れようと、携帯を耳から遠ざけて話す。しぶ鬼は高校入学と共にめきめき身長も伸びて、突然格好良くなった。ただ吊り目がちで、目付きが悪いだけなのに、クールな先輩と後輩の女の子たちから持て囃されてたときは流石に笑ったけど。それなのにいくら見た目が変わろうとも、単純な性格と子供っぽい口調は変わらない。ふと視線を落とすと、右手の薬指でシルバーリングが街灯の光を反射してきらめいた。高校の卒業式に、しぶ鬼がくれた約束。


「そういえば、今日ね」
「んー?」
「朝ばたばたしてて、指輪着け忘れて大学行って講義受けたの。そしたら教授に難問名指しで当てられて恥かくし、A定食は売り切れるし、帰りに突然雨は降るし、散々だった」
「…それがどうしたの」
「しぶ鬼の呪いだわ」
「そんなわけないだろ!」
「絶対そうなの。だから告白も、離れたとこから嫉妬するほど愛してくれてるしぶ鬼がいるから付き合えません、って断った」
「……そっかよ」


あ、照れてるな。しぶ鬼の照れてる表情は加虐心をそそる何かがあるから、この目で見れないのは残念だ。そういえば、いつから会っていないんだろう。地元の東京の私立大学に進んだ私とは違って、しぶ鬼は大阪の方の国立大学の工学部に通っている。最後に会ったときの、泣き出しそうなのを堪えているしぶ鬼を思い出して、ちょっと噴き出した。


「あいたい、な」


思わず零れた本音に我ながらびっくりした。電話もするし、メールもするし、精神的には近い距離にいる。それでも淋しい。それでも会いたい。いつから私はこんなに弱くなったんだろう。しぶ鬼なしじゃ笑えないほど、しぶ鬼なしじゃ泣けないほど。


「ぼくも、会いたいよ」


ついに二人で黙り込んでしまった。あまりに静か過ぎて、しぶ鬼の息遣いまで聞こえる。


「しぶ鬼、」


愛しい、愛しい、そればかりが浮かんでは消えていく。この距離が、私にあなたの大切さを気付かせてくれるの。

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