ああ、またか。開け放した窓から聞こえてくる救急車のサイレンにびくりと反応する肩を見遣りながらぼんやりと思った。僕の隣に腰を下ろしていた彼女は、抱え込んでいるクッションを更に強く抱きしめ、ぎゅっと唇を噛み締める。瞳は移り変わるテレビの画面を映してはいるが心此処に在らず、その色は憂鬱に染まっていた。以前、僕は彼女がそうなる理由を尋ねたことがある。彼女は酷く情けない笑みをやっとのことで浮かべて云った。


「救急車が出動するってことは何処かで誰かが苦しんでるってことでしょ。それがわかったって、実際あたしに出来ることなんてない。サイレンを聴く度に、自分の無力さを痛感して嫌になるの」


僕には、正直理解出来なかった。白と赤の車が急ぎ走るのを目にしたとしても、思うことなんて何もない。時には煩いと感じることさえある。結局のところ人間なんてものは自分と小さな半径の周囲だけ守られていれば、あとはどうなったって他人事なのだ。それなのに、目の前の彼女はあっさりとその常識を覆す。


「…僕にはわかんないよ。僕は自分さえよければそれでいいから」


ふと漏らした自嘲の言葉に何かしらの違和感を覚えた。彼女は責めることもなく詰ることもなくさっきの苦しそうな笑顔のまま「普通そうだよね。あたしも何でこんな気分になるのかわかんない」って言って、また唇を結ぶ。


「僕と違って君が人を愛してるからだよ」


本当は優しいからだよ、と言ってしまいたかったが口にするのは憚られた。声に出してしまったら、安っぽい偽善になるような気がして。彼女の優しさは自己犠牲の上に成り立つものだ。彼女は他人にばかり目を向けて自身を顧みない。そっか、でもね。彼女の努めて明るい声が響く。


「あたしのはね、ただの自己満足。自分より好きな人がいる自分が好きなの。だから、あたしはそんな伏木蔵が一番好きだよ」


不意に見せた大人びた笑顔に、心臓が跳びはねる。いつもと同じはずの穏やかな笑顔は、どこか違っていた。ああ、彼女はどうしてこれほど美しいのか。僕にだって、自分なんか比べものにならない程愛しい人がいる。そんな自分が、


「僕も、」


そのあとは言葉にならなかった。彼女は僕の口を自分のそれで塞ぎ、数秒の後、瞼を伏せて耳元でそっと囁いた。



している、という声が
いているように聞こえた


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