狩沢さんたちが情報網を駆使して、折原臨也という人物を紹介してくれた。名の知れた情報屋らしいが、目の前の彼は不審極まりない。とりあえず彼女の名前を告げ事情を話してみると、驚くほどあっさりとその解答が得られた。


「ここが、ブッ壊れちゃったんだよね」


折原臨也は長い人差し指をぴんと伸ばして自身の左胸に突き刺した。「はぁ…心臓ですか」「ちーがうちがう。心だよ、コ・コ・ロ」五感を司るのは脳なのだから、心もそこにあるのではないか。そんな談議をしている暇もないので大人しく頷いた。派手な身振りを混ぜる様がいちいち気に障るが、この情報源を逃してしまったら、彼女への道筋も途絶えてしまう。にんまりとチシャ猫のように笑みを漏らす彼には全てお見通しなのかもしれないが、今はなりふり構っていられないのだ。


「彼女は今の時代には珍しく心が綺麗なまんま育っちゃったらしくてね、悪意も敵意も害意も何にも知らないんだよ。綺麗っていうのは汚れやすい、ってことだ。ほんの一日、世の中に出ただけですっかり参っちゃってさ。突然嘔吐したり、死んだように眠ったり、極端な異常行動を繰り返してるよ」
「え、…何処で、ですか?」
「ん?俺んちで」


まさかの展開。捜している少女の手掛かりだけでも、と思い有名な情報屋に接触したというのに、その当人の下に彼女がいるだって?この偶然はもはや運命と呼ぶに相応しい。ああ、やはり僕と彼女は結ばれる定めだったのか。


「彼女に会わせてください!」
「…あれ?言わなかったかな?俺は情報屋だよ。小学生に麻酔銃を打たれて手柄を奪われる探偵でも、我が身を犠牲にして人々の空腹を癒すあんパンの化身でもない。人助けは生憎、管轄外だ」
「…お金ならいくらでも出せます!だから、「お金、ねえ…」


折原臨也はあからさまに侮蔑するような表情に変わった。僕だってお金で解決だなんて親の権力に頼むようなことはしたくない。だけど、僕から出せるものなどそれぐらいしか持ち合わせていないのだ。折原臨也は暫く口許に手を遣り考える素振りを見せたあと、名案でも思い付いたかのようにぽん、と拳で掌を叩いた。古い。


「オーケーオーケー。代価は君ってことで手を打つよ」
「…え、そんな趣味が?」
「そんなわけはないでしょ。君もなかなか"特殊"なようだし、せっかくだから観察させてよ」
「それで、彼女に会わせてくれるんですか…?」
「ほら、さっそく。君はどうして彼女に会いたいんだい?」


折原臨也の質問を頭の中で咀嚼する。そんなのは考えるまでもなく決まっているだろう。


「彼女が僕の婚約者だからです」
「それを決めたのは?」
「両親です」
「じゃあどうして君自らが捜しに来たのか」
「それは…」
「両親が婚約者なら捜せ、と言ったから、じゃない?」


図星だった。狩沢さんたちには勇んで池袋に乗り込んだと言ったものの、最初は両親からの催促から始まった。


「君さあ、ひとつ勘違いしてるよ。羽衣が幸せな生活を捨てて俺のとこに来たのは彼女の意思だ。君みたいに周りから強いられたわけじゃない。君には自分がないよね。自分の意思、感情、信念、何ひとつ思い付かないだろう?そんな君が彼女に会ったところで、何が出来るんだい?君は彼女に会うことを、自ら選び取ったと思い込みたいだけなんだ。彼女のために、それが君の行動理由になると思ってるんだろう?だけど彼女を捕まえたって、君は決して何も変わらない。だってその動機すら、他人から与えてもらった理由だからね」
「それ、は…」
「君の本当を見つけてごらん。彼女に会うのはそれからだ」


折原臨也は身を翻すと、黒猫のように夜道に消えていった。残された僕には、返す言葉も返す相手もない。


―英知は何でもできるいい子ね。
―私達の言う通りにすれば、英知はきっと幸せになれるから。
―英知は私達の誇りだよ。
―英知のためを思って言ってるのよ。
―恐らく英知も気に入るさ。
―英知のお嫁さんなんだから、英知が守ってあげなさい。


英知。英知。英知。英知。英知。そんな名前は一種の記号でしかない。僕は誰かから操縦されなければ動けない、ただのロボットじゃないのか。何故、折原臨也はすぐに見抜いたのだろう。僕は、自分という存在を信じていない。

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