「あー…俺は平和島静雄だ」
「し、…シズちゃん?」
「あぁ!?」
「ひゃっ…」
「っと…悪ぃ。それをお前に教えたのはあの蚤虫か?」
「…(むし?)臨也くんが」


ドゴォッ!鼓膜を切り裂くような大きな音がして、思わず目を瞑る。数秒後、次に目を開けたときわたしの目の前には缶ジュースの山が出来上がっていた。出所をそろそろと探れば、見るも無惨な姿に変形した自販機なるものが際限なく缶ジュースを生産しているところだった。…悪ぃ。もう一度小さく謝ったとこから考えて、犯人はどうやら彼らしい。彼と臨也くんの間に何があったのかは知らないが、先程の呼び名は封印すべきだということくらいわかる。わたしは努めて落ち着き払った声を出した。


「え、と…平和島さんは何のご用事ですか?」
「お前の保護者に頼まれたんで迎えに来たんだよ」
「保護者、というと…」
「セルティと新羅」


そもそもわたしに知り合いはその二人と臨也くんしかいないわけだし、この様子から言って臨也くんがこの人に頼るわけもないので、妥当な答えではあった。だけど、わたしの外出は臨也くんの許可を得たものだ。むしろ彼から薦められたようなものだし。どうしてわざわざ連れ戻されるのだろうか。わたしはもっと、外の世界を見てみたいのに。


「平和島、さん」
「言いにくいなら名前でいいぞ」
「…静雄くん」
「おう」
「わたしに付き合ってもらえませんか?」
「おう………はぁ!?」


結局静雄くんはわたしに丸一日付き合ってくれた。とは言っても、わたしが行きたいところを見繕って、そこに連れていってもらっただけとも言える。静雄くんは何もしようとはしなかった。どこに行っても無表情で煙草を蒸しているだけだった。それでもわたしは、はしゃぎまわった。看板、人混み、街灯、客引き、そのどれもが新鮮で明るく、美しかった。


「おい、もう暗いぞ」


不意に、静雄くんが口を開いた。時計は6の数字を追い越し、うっすら夜の帳が降りてきている。保護者から頼まれた身として、これ以上の自由行動を認められなかったんだろう。わたしもそれに渋々従って、送ってくれるらしいセルティのところに帰ることになった。しかし、わたしは公園の端に真っ白な毛並みの猫を見つけてしまった。興味が引かれて、つい静雄くんから離れて猫の元まで行ってしまう。猫のふさふさの尻尾に触れようとした右腕を、誰かの手が掴んだ。


「、え?」


見上げれば、青のセーターを着た十代の男がわたしをじっと見ていた。なんだろう、静雄くんの友達だろうか。思わず彼を振り返ったとき、わたしの後ろには数人の男が立っていた。静雄くんの姿は見えない。冷や汗がたらりと額を伝った。


「いーモンみっけ」


セーターの男の声がどこか現実とは離れて聞こえた。







「ねーお兄さんたちとイイコトしない?」


イイコトならば、大丈夫じゃないか。そう思ったわたしは二つ返事で頷いてしまった。抵抗を見せないわたしを彼らは不審な目付きで睨んだが、すぐに切り換えたらしくにやにや笑いながらわたしの手を取って、公園の脇に停めてあったワゴンに乗り込んだ。遠出をするならば静雄くんに一言告げたい、と出ようとするわたしを無理矢理シートに抑えつけて、彼らはいやらしさを隠しきれない笑顔を浮かべた。この類の顔は初めて見た。そんなことをぼんやり考える間にわたしの腕は一つにまとめられて頭の後ろに固定される。


「あの、これが…イイコト、ですか?」
「は?ここまで来てわかんねーの?なにこいつ頭だいじょぶ?」
「暴れねーんだし何でもいいだろ。さっさとヤっちゃおーぜ」
「へ、もっ…もう始まるんですか?」
「いただきまーす」


え、食べるの?展開についていけないわたしの思考を遮るようにビリッと布が裂ける音がした。胸の辺りがすーっと外気に触れる感覚に、切り裂かれたのはわたしの服かと理解する。この人たちが何をするつもりなのか見当も付かないけど、新羅くんの忠告が頭を過ぎった。「女の子は好きな人以外に服の下を見せちゃだめだからね」…このままじゃ見られてしまう。新羅くんに嫌われるのはいやだ。今更ながら抵抗というものを思いついた。


「…やっ!離して!」
「お、いきなりイイ反応するようになったじゃんか」
「やっぱこれがねーとな」
「嫌がられると燃えるっつーか」


なんて厄介な人たちだろう。孔子だって言っていた、と新羅くんが言っていた。己の欲せざるところ、人に施すこと勿れ。わたしったら新羅くんの言葉しか考えてない。ああ、どうすればこの不可解な状況を打開出来るの?べろり、ざらついた不快な感触が首筋をなぞった瞬間、全身が粟立つのを実感した。乱暴な手つきで乳房を掴まれる。気持ち、悪い。


「ぃ、」
「あ?なんだ?」
「ぃゃややああああああ!」





次に目を開けた瞬間、新羅くんの心配そうな顔が目の前にあった。半身を起こすと、同じく狼狽しているセルティの姿が。セルティの隣には眉を寄せた静雄くんが不機嫌に立っていた。わたしは状況を飲み込めず、首を横に倒した。


「ああ!羽衣!僕とセルティの可愛い娘よ!あんな悪漢に預けなければ君が傷つくこともなかったというのに!」
『うるさい。羽衣、どこか痛むか?』
「…ううん、体は、平気」


わたしの意図するところを知ってか、先程まで声高に叫んでいた新羅くんも黙る。押し黙っていた静雄くんが「俺が目放したせいだ、すまねェ」と苦渋の表情で謝った。静雄くんが悪いんじゃないのに。その瞬間、男の人の舌触りだとか手の感触だとかを思い出してしまった。初めて人を、軽蔑した。込み上げてくる嫌悪感と吐き気にわたしは思わず俯いた。三人分の心配がどっと背中に寄り掛かる。あたたかくていごこちがいい。だけどだめだ、ここはやさしすぎるから。


「セルティ、臨也くんのところに連れてって」





「お帰り。新羅から聞いたよ?大変だったね」
「臨也、くん」
「顔色悪いよ、羽衣」
「ごめんなさい、玄関汚す」

わたしは生まれて初めて、生理的嫌悪から嘔吐した。

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