狩沢さんと新刊を買い漁ってアニメイト本店を出たところで、前から歩いてきた誰かとぶつかった。これが食パンくわえた女子高生ならばフラグが立ったと大喜びするところだが、生憎年若い男の声で「すみません!」と叫ばれる。早く帰って読みたいし、適当な感じであしらって離れようとしたら、いきなり右腕を掴まれた。黒のローゲージニットに包まれてるのは細っこいが男の腕だ。「何すか?」少々苛立ちを抑えながら、あくまでも冷静を装って尋ねても、返事は返ってこない。どうしたものかと狩沢さんの方を見ると、彼女はオレとその少年を網膜に焼き付けるような熱い眼差しで見つめていた。気付きたくなかったが、鼻息も荒い。ちらりと目線をやると、オレの腕を持ったまま、言葉を選ぶのに必死になっているその顔は、なるほど育ちの良さを感じさせる美形であった。


「あ、…あの、その…」


さすがに羞恥を覚えたのか頬をうっすら赤く染めて、少年はオレに何かを伝えようとする。まるで告白の前の乙女のように─…いや、それはない。いくら彼が美少年だといっても、生憎オレにはそんな趣味はないし、いやだけどこのシチュエーションはそれ以外に何がある?隣の狩沢さんは目を見開き、一言一句聞き漏らすまいと耳をそばだてている。薔薇の蕾のような少年の唇が開き、まさに何かを言わんとして─…


「…ここ、どこですか!?」


何のことはない、世にも麗しき少年はただの迷子であった。







「へーじゃあ許婚の女の子を捜し求めてこの池袋に単身乗り込んできたってわけねー!」
「は、はい。その通りです!」
「もー英知くんってばそんなに堅くならなくていいのに〜…私と君の仲じゃない」
「これが素なので何とも…」
「素で敬語キャラの美少年、なんてオイシイのかしら…ふぅ」
「た、食べられるんですか?」
「違うわよ。もう、何この美少年!かーわいーいー!」
「狩沢さん…いい加減にしてあげてほしいっす」
「なによ、ゆまっち。これは大事なコミュニケーションよ」


あのあと即効で狩沢さんの魔の手にかかった美少年は、いつの間にか場に馴染んでいた。少年の名は城森英知。最近よくメディアで耳にするコングロマリット、城森グループのご嫡男らしい。見た目から結構なお家柄だと予想は付いてはいたものの、想像を遥かに越えるお坊ちゃまに畏縮した…のはオレだけだった。狩沢さんは持ち前の馴れ馴れしさを発揮して、先程からオイシイとそれ使える…!しか口にしていない。何に使うんすか何に。


「あ、じゃあさーあとの二人にも頼んで一緒に捜してあげようよー!名案じゃない?」
「え!いいんですか!?」
「だいじょぶよー」
「ちょっ…狩沢さん!勝手に決めちゃまずいんじゃないっすか」
「ゆまっちのケチー!こんな美少年が困ってるのよ?助けなきゃ人道に反する!とゆことでドタチンに電話ー!」
「ああ…もう勝手に…」


城森くんは気まずそうに目を伏せながら、それでも希望が見えたことに安堵を隠せない様子だった。オレらは便利屋じゃないんすけど。オレの多少不満げな表情を察したのか、城森くんは顔を青くして申し訳なさそうに頭を下げた。


「あの…本当に迷惑掛けてすみません…僕、こういう街中に来たことがあまりなくて…」
「やっ、もうここまで来たら乗り掛かった船っすよ!オレたちこの界隈に結構顔利くんで、すぐにその彼女も見つかると思うっす」
「あ、ありがとうございます…!こんな優しいお二人に出会えるなんて、僕は果報者です!」


城森くんは見た目こそ芸能人のようだが、中身は謙虚で実直らしい。裏の見えない彼の人柄に、少なからず好感を覚える。狩沢さんは言うまでもなく乗り気だし、ここは協力するのが得策だろう。言っておくが、別に絆されたわけではない。そう、三次元のドラマチックラブストーリーに加担するのも悪くないと思っただけ。


「んで?その行方知らずのお姫様の名前は何てゆーの?やっぱカワイイの?」
「…顔は知らないんです。親も写真で一度見ただけらしくて。でも心根のとても美しい子だと聞いています。名前は─…」



「「真崎羽衣」」



サングラス越しの瞳はあまりに獰猛すぎて、本能的に怯えるわたしは返事もままならない。黒のフォーマルな服装に身を包む彼は、もう一度わたしの名を呼んだ。


「お前が真崎羽衣か?」


今度は、しっかり頷いた。そうしなければ、殺されてしまいそうだったから。

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