「やあ、アリア」
「リ…リーマス…久しぶり」


もう二度と会わずに済ませたいと思っていたのに、祈り虚しく二日後にリーマスは医務室に現れた。額や頬のあちこちにある生傷が痛々しい。以前ならばドジなのかな、ぐらいにしか考えていなかった傷も、よくよく見てみれば狼に変わる際に付いたもののようだ。私は完全に動転していた。鋭いリーマスがそれに気付かないはずもなく。


「どうしたの?」
「別に、何もないわ」
「何もないって顔してないよ」


じゃあどんな表情をすればいいの?人狼についてなら本で読んだことがある。凶暴で人間を襲う危険な動物。もちろんリーマスが優しい人だと重々承知しているし、リーマスが人狼であろうとなかろうと私の気持ちは変わらない。だけど、これ以上リーマスに近寄りたくなかった。ただでさえ悩んでいる彼に私の想いを伝えたところで、彼の気苦労を増やすだけだ。傍にいたら、きっと私は脈打つ心臓に耐え切れずに伝えてしまう。遠ざかるのが得策だと思った。


「アリア…僕が人狼だとでも言われたかい?」
「…っ!」


あ、今の反応はいけない。リーマスはカマをかけたつもりだったのに。私の目は思い切り見開いてしまった。私の反応は真実を知る者が取る反応だ。リーマスの表情が凍る。室内の温度が下がった。


「…アリア、まさか、本当に…?」
「ごめんなさい、リーマス。でも…「…悪かったね、」


言い繕おうとした私を遮るリーマスを弾かれるように見上げると、彼はまたあの微笑みを貼り付けていた。失望させたのは、私だ。


「ちがっ…違うのリーマス!」
「何が違うんだい?僕は暴力的で理性のない危険な猛獣だ。騙していてごめんね。そんなやつに好かれてさぞかし不快だったろう?もう君の前には現れないから、安心してくれ」
「…全然違うわ、リーマス」


立ち去ろうとするリーマスのローブを掴み、距離を縮めたところで華奢な背中に抱き着いた。触れ合った部分から激しく高鳴る鼓動が聞こえやしないかと一瞬懸念したが、そんな雑念はすぐに消える。耳を背中に押し付ければ、リーマスのアレグロ気味なリズムも聞こえてくる気がした。


「ねえ、リーマス」
「私もね、あなたとみんなに黙っていたことがあるの」
「一つ目はあなたに。私、あなたのことが好き。あなたがたとえ人狼でも死喰い人でも、この気持ちは変わりはしないわ。月並みな言葉しか言えないけど、世界中で誰よりも深くあなたを愛してる」
「…アリア」
「二つ目は…っ…」


ちょうどその瞬間だった。忙しなく跳ね回る心臓とは別に、不穏な音が躯に響き渡る。ざわざわと込み上げる予感。死が私の意識と向かい合い、ゆっくり手招きをしている。立っていられなくて、リーマスに全体重を預けながら床に沈み込み、それでも本能的な焦燥感は消えない。「アリア!?」リーマスのくぐもった声も上手く頭が処理してくれなかった。いつもポーカーフェイスのリーマスには珍しく、酷く焦った顔が目の前にある。どうせなら、笑顔がよかった。温かくて冷たく、穏やかで激しく、優しくて寂しいあの笑顔をもう一度見たかった。好き、ごめんなさい、愛してる。まだどの言葉も伝えきれていないのに。


「ありがとう、幸せになって、ね」


走馬灯って本当にあったらしい。短い十五年の年月の中で、浮かんでくるのはここ一ヶ月のことばかりだった。唇が自然に微笑を形作る。マダム、ダンブルドア、ジェームズ、シリウス、ピーター、そしてリーマス。私にたくさんの感情を与えてくれてありがとう。私の人生に色を与えてくれてありがとう。これまでもこれからも愛してる。どうか、どうか、幸せに。


一度でいいから、太陽の下でみんなと一緒に騒ぎたかった、な。



日と月とどちらが憎い

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -