ルーピンの朝食にと、チェリーパイとカボチャジュースを持って来た彼らは授業が自習だったからという理由で医務室に留まった。顔も名前も知らない人ばかりで逃げ隠れようとしたのに、眼鏡の男の子に真っ先に話しかけられてしまった。


「君、見ない顔だね?」
「アリアだよ、ジェームズ。僕らと同い年らしい」
「ほんとかい?…五年も同じ学び舎にいて、僕たちに知られず、僕たちを知らないなんてことがあっていいはずがないだろう!」
「あの、私、ずっと医務室にいるから…世情に疎くって」
「ふぅ…仕方ないね!ならば自己紹介させてもらおうじゃないか!僕はジェームズ。恋人は同じ寮のリリーだよ」
「嘘吐いてんじゃねぇよ。俺はシリウスだ」
「女の子はみんな恋人だよ」
「だから嘘はやめろ!」
「あ、ぼ、ぼくはピーター」
「僕ら四人がグリフィンドールが誇る悪戯仕掛人さ!」
「ジェームズ、シリウス、ピーターね。さっきルーピンが紹介してくれたけど、私はアリア。ハッフルパフよ」


ジェームズの発言に、先程のマダムの言葉は正しかったのだと悟る。ジェームズを筆頭に騒がしいけれど、いい人たちだと思った。ハッフルパフは劣等生の集まりだとよく評されるのに、彼らは少しも顔色を変えなかった。これがスリザリンの連中なら、きっと盛大に鼻で笑っただろうに。




「そのとき僕が放った花火がちょうどスニベルスに当たって爆発したんだよ!」
「え、それって大丈夫なの?」
「スニベルスは頑丈なんだ。あいつならトロールの棍棒だってへっちゃらさ!」
「へー!スニベルスってすごいのね!」


そして今はジェームズが語る武勇伝を夢中になって聞いているところだった。スニベルスという少し親の神経を疑うような変な名前の人はジェームズの話によく出て来る。スリザリンのようだし、あまり良い扱いはされていないけど、きっと友達なのだろう。私が心から感心しきった声を上げると、シリウスはにやにやと口の端を緩めた。ピーターは何とも言いようのない浮かない表情だった。


「おっと!そろそろ次の授業の時間じゃないか!」
「ジェームズが一番に気付くなんて珍しいね」
「次はリリーと合同の授業だからね!それじゃあアリア、お邪魔したね」
「ううん、すごく楽しかった!お話してくれて、ありがとう」
「ま、またね…っ」


ピーターの震える声に、私の心臓はどきんと揺れる。また、また?私に「また」なんてあるのだろうか。有名な人気者らしい彼らが、私を覚えていてくれるのだろうか?泡みたいに次々と生まれる疑問を掻き消して、私は出来るだけ綺麗な微笑みを作る。一番綺麗な私が、彼らの記憶に残るように。


「いつか、またね」


それが現世のことかはわからないけれど。連れ立って医務室から出て行く中、ルーピンだけは私の傍に残っていた。シリウスの声に「後から行くよ」と返す。忘れ物でもしたのだろうか。


「どうしたの、ルーピン?」
「それ、」
「え?どれ?」
「なんで僕だけ名前じゃないの?」


言われて初めて意識する。そういえばルーピンだけは最初に教えてもらったから、遠慮もあってファミリーネームで呼んでいた。他の人たちは名前しか教えてくれなかったので、必然的に名前呼びになってしまったけど。ルーピンはアリアと呼ぶのに、私だけルーピンと呼ぶのはよそよそしい気もする。改まると気恥ずかしいけれど、私は勇気を出した。


「リーマス。今朝は助けてくれて、ありがとう。リーマスのおかげで楽しい人たちと知り合えて、すごく感謝してる。本当に、ありがとうね」


ばくばく高鳴る胸を必死で宥めつつ、言い忘れていたお礼を伝えると、リーマスは口許に手を宛ててそっぽを向いた。おかしなことを言っただろうか、首を傾げると突然目の前が真っ暗になった。そっと頭を撫でる手の温もりから、リーマスに抱きしめられたのだと気付く。更に早鐘を打つ心臓が、口から飛び出してしまいそう。


「リ、…リーマス?」
「アリア…君は、」


それだけを言って、リーマスは私を解放した。急に失った暖かさに、心が少し寂しくなる。上手く働かない頭でリーマスを見つめると、彼は形容しがたい哀傷を含んだ微笑みを浮かべていた。私の心臓は、軋む。


「また会おう、絶対に」


リーマスの力強い声も頭に入って来ない。彼の姿が目の前から消え、医務室の扉が閉まった後も、私は何かに憑かれたように瞬きを繰り返すだけだった。視界が、揺れる。



死を悼むには早すぎて

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