目を覚ましたとき、一番に飛び込んできたのはマダム・ポンフリーの顔だった。青筋を立てて怒りを露にする様はドラゴンより恐ろしいかもしれない。


「アリア!全く貴女という人はあれだけ言ったにも関わらず…」


マダムの耳にタコが出来るほど聞かされたお説教を右から左に流しながら、現在の状況を把握しようと時計を見る。早朝だったはずなのに、いつの間にか朝食の時間になっていた。倒れる直前を思い起こし、一人の少年に辿り着く。そうだ、初対面の彼の前で気絶するなんて迷惑なことをしてしまったんだった。彼が先生を呼んでくれたのだろうか。


「ねえ、マダム」
「常日頃からあなたは…あら何ですか?私の話はまだ終わっていませんよ」
「承知しておりますわマダム。…ルーピンという男の子を知りません?倒れたときに偶然一緒に居たんですが、迷惑掛けていないかと気になりまして」
「ええ、ええ!嫌という程知ってます。学校内に起こる負傷の半分はあの子たちの悪戯が原因ですからね!」


あの優しそうな少年からは想像も出来ない評価に私は少なからず度肝を抜かれた。マダムは別のルーピンのことを話してるのではないかと思ったけれど、話を聞く限りそれはなさそうだ。人は見た目によらないという言葉を改めて実感する。


「…それで、ルーピンは?」
「あの子なら倒れた貴女をここまで抱えて運んで、今もそこのカーテンの陰に隠れてますよ」
「ちょっと…マダム」
「目が覚めるまで心配だから残っておくと言って聞きませんでしたから。アリアは無事に意識を取り戻しましたよ」
「…見ればわかるよ」


罰が悪そうに頭を掻きながら、ルーピンがカーテンの陰から現れた。今朝会ったばかりだというのに、懐かしさの混じる心地良い安堵が胸に込み上げる。と同時にマダムの言葉が甦る。さーっと血の気が引いていくのがわかった。


「ごめんなさいルーピン!私、重かったでしょう?ああ、杖を持っていたら浮遊呪文で抱えずとも済んだのに!あなたの腕は折れてないの?本当にごめんなさい!」


また大声を出す私にマダムが安静にしなさい!と怒鳴るけれど、それどころじゃない。失礼だけどルーピンの細腕に人一人運べるような力があるとは到底思えなかった。私を無理して運んだせいで怪我して医務室に残ったのではないか。そんな邪推すら浮かぶ。顔を真っ青にする私とは反対に、ルーピンは暫く押し黙っていたけれど、突然くつくつと笑い始めた。


「ちょっと、ルーピン?」
「ごめんごめん。でもアリアの顔面白すぎるよ」
「なっ…!」
「そういう意味じゃなくってね。くるくる回る表情が可愛いな、って思ったんだ」


二度目の閉口。誰にも言われたことのない言葉をこんなにさらっと貰うなんて思ってもみなかった。しかもルーピンは一般的に言っても断然格好良い部類に入るし。みるみる赤に染まっていく私の顔を見て、ルーピンは更に笑う。さすがに失礼だ。もう一度怒鳴ろうとすれば、怒りを未だに孕んだマダムの声に遮られた。


「アリア、朝食のオートミールです。栄養のバランスを考えていますから残さず食べること」
「はい、マダム」


本当は燕麦の味は苦手なのだけれど、マダムからの言い付けを破るわけにはいかない。大人しくトレーを受け取ると、隣から空腹を告げる音が聞こえてきた。そういえば私に付き添ってくれていたルーピンも朝食を摂っていないのだろう。この時間では、今から行っても食事はない気がする。


「マダム!ルーピンの分は?」
「医務室にはアリア、貴女の分しか届きません!」
「そんな…ルーピンは私を心配してくれたのに」
「いいよ、アリア。朝食ぐらい抜いたって平気だよ」


そうは言うものの、ルーピンの表情は晴れない。きちんと朝食を摂らなければ、授業にも集中出来ないだろう。かと言って私のを分けるわけにもいかないし。スプーンでミルクを掬ったり零したりしていると、正に福音と呼ぶべきドアの開く音と共に、快活な男の子の声が響いた。


「ムーニー!朝ご飯だよ!」


あちこち跳ねた癖っ毛に、意志の強そうな榛色の真っ直ぐな瞳。後ろから烏の濡れ羽色の髪を持つ、ハンサムな男の子と小柄で気弱そうな男の子がついて来る。学校一有名な集団だとは知りもせず、私は今日はたくさんの人に会う日だなあ、なんて暢気に受け止めていた。


のこりもののゆううつ

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