私の朝はとても早い。朝靄が煙る中庭を、まだ誰にも触れられていない露の載った野草を踏み締めながら逍遥する。普段強い陽射しを浴びることを禁じられている私には、昇りかけの太陽の弱い光さえも眩しくて、思わず目を瞑った。空を仰げば伝統と趣を纏い、聳え立つ我が母校が視界いっぱいに腕を伸ばす。私はあと、どれぐらいここにいられるのだろう。ダンブルドアに特別許可を賜り、授業に出ることは叶わなかったけれど、自習と特別補習で何とかここまで進学してこれた。卒業まではまだまだ数年はあるけれど、自分の躯はもう持たないだろうと私は確信していた。長年付き合ってきたのだから、自分のことは自分が一番よく解っているつもりだ。現代医療でも魔法でも覆しようのない結末は既に間近に迫っている。私は、もうじき、


「…君は誰?」


感傷に耽っていたせいか、近くに人がいることに声を掛けられるまで気付かなかった。反射的にびくりと震える肩を隠しつつ、私は声の主を振り返る。真っ先に目に入ってきたのは、鳶色のさらさら流れる美しい髪。視線を下げると穏やかな瞳と真新しい傷が目立つものの滑らかな肌、そして緩やかに孤を描く薄い唇があった。綺麗な男の子、そうまじまじと見つめ実感したところで、私は胸を撫で下ろす。よかった、怖い人ではなさそうだ。先生方以外とお話するのは、入学以来これで数回目だった。慣れない事態に戸惑う心臓を抑えつけ、私は震える口を開く。


「おはよう。随分早いのね」
「あぁ、おはよう。それは君もだよね?」
「私はいつものことだけど、人に会うのは珍しいわ」
「僕もいつもはこんな時間に出歩いていないよ。少し用事があって、帰ってきたところなんだ」
「ふぅん…あ!失礼。私はアリア・ギャスケルよ」
「アリア?…同い年くらいに見えるけど何年生?」
「一応五年生かな」
「嘘!…同い年じゃないか」
「そうなの?…あ、あなたのお名前は?」
「リーマス・ルーピンだよ。ほんとに僕のこと知らないの?」
「え…、うん」


私の返事にルーピンは不思議そうに首を傾げる。もしかしたら、とても有名な人なのかもしれない。ひょっとして生徒の振りをする不審者と見分けるための合言葉とか?だとしたら先生方は何故教えてくれなかったんだろう。冷や汗が額を伝う。初対面の人に疑われてるなんて。


「あの、私授業出たこと、一度もなくて…大広間で食事したのも最初の一回きりだし、友達はいないし、だから…だから、あなたを知らなくても仕方がないの!不審者じゃないわ!信じて!」


何とか誤解を解かなければと捲し立てた私に、ルーピンは更に目を丸くした。あ、余計怪しまれたかもしれない。それに大声を出したせいで、頭がくらくらする。朝は安静にしておくという条件でマダム・ポンフリーに散歩を許して貰ったのに。目の前が不意に真っ暗になった。足の力も抜けて、身体を支えることが出来ずにそのまま地面に崩れ落ちる。ごめんなさい、マダム。先程頭を過ぎった死の予感が、私の意識を色濃く縁取る。それでも私は、まだ死にたくないともがいていた。



私まだ生きたがってる

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