「ほのかちゃん?帰ってるの?」
「お帰り、お義母さん」
「歩いて帰ったの?連絡くれたら迎えに行ったのに…」
「ちょっと歩きたい気分だったから、気にしないでください」


不安そうな叔母さんを尻目に、半袖のパーカーを脱ぎながら自室に向かった。夕餉まではまだ時間があるから、宿題を終わらせてしまおう。良い子が課題をこなせない、なんてことあってはならないのだ。どうせ明日の朝には田島くん辺りが「一生のお願いだから貸して!」と既に何十回と聞いたお願いで泣きついてくるだろうし。部屋の電気を点け、アロマスタンドの電源を入れる。ふわりと広がるグレープフルーツの香りにはダイエット効果があるらしい。根拠も何も知らないけれど、そう誇らしげに笑った叔母さんのために気付いたときには付けるようにしていた。実は柑橘の匂いはあまり好きではない、だけどこれも我慢。通学用の鞄を下ろし、学習机に英語の課題を広げる。あと数分もすれば、熱々のコーヒーと手作りクッキーをトレーに載せた叔母さんが部屋のドアを叩くだろう。きっと砂糖とクリープがたっぷり投入された甘ったるい代物だ。今更、コーヒーはブラックでいいなんて言えないから、甘くて美味しいです、と微笑みながら返さなくちゃ。彼らが望むわたし、それが今のわたしに課せられた役目。


「あ、メール来てる」


すっかり慣れた手つきで新着メールを開くと、久しぶりに目にする名前と柄でもない用件が乗っかっていた。





「元希さん!」
「おー久しぶりー」
「部活はどうしたんですか?」
「もう終わったつーの」
「そうですか。サボりとかじゃなくてよかったです」
「…もうクサったりしねーよ」


元希さんは昔に想いを馳せるような遠い目をして、口許に笑みを乗せた。相変わらず無駄に格好良い人だ。すらりと伸びた脚、意外とがっちりした上背と女っぽい顔とのアンバランスさが、えもいわれぬ色気を醸し出している。血の繋がりなど合ってないようなものだが、わたしの父方の従兄弟に当たる元希さんを見る度に、少しくらい似ればよかったのに、と膨れっ面になってしまうのは致し方ないだろう。


「元希さん、何の用ですか」
「あー、こないだグーゼン会ったんだけどよ、タカヤ、西浦にいるんだってな」
「…みたいですね。わたしも最近知りました」
「俺はお前に何回かタカヤの話をしてたかもしんねぇけど」
「元希さんはタカヤの話しかしてませんよ」
「うるっせぇよ。とにかく、俺の話でアイツを一方的に知ってるだけで、お前自体は話したこともないんだったよな?」
「ええ、まったく」


元希さんの真意が読み取れない。タカヤと連絡取りたかったのかな、とも思ったのにそうじゃないみたいだし。元希さんは唯一、わたしの一から十までを知っている存在だ。両親からの逃げ場にもなってくれたし、叔父さん夫婦に引き取られたあとも何かと心配してくれている。まあ彼自身が荒れていた時期を除いて、だけど。


「…タカヤは、お前の救いにならないか?」
「はい?」


唐突な質問に、わたしは上手に返答することもままならない。何を言い出すんだ、この人は。


「いや、タカヤは基本使えねーやつだけど頭だけは回るから、お前の行動とか読んでくれんじゃねぇかって」
「いやだから、なんで読んでもらわなくちゃいけないんですか」
「読むっつーか、理解?お前には理解者が必要なんだよ、多分」
「多分で変なこと言い出さないでください!」
「変なことじゃねー。昔の変に冷めててヒネてるお前も困るけど、今のいい子ぶってるお前の方がもっと困る。素出せる相手、俺じゃなくて見つけろ」
「…そんなの」


必要ない。言い切ろうとしたのに、元希さんの寂しそうな瞳が言わせてくれなかった。わかってる。いくら本音を知っていたところで、元希さんは自分しか見えない唯我独尊の突撃兵だ。わたしのすべてを理解するなんて到底出来るはずがない。元希さんはそれをわかっていて、わたしに誰か代わりを宛がおうとしているのだろう。何にも知らない阿部くんには無理だろうけど。そこで浮かんできたのは、先程の栄口くんの顔だった。彼は何かを見抜いている。彼は何かを企んでいる。だから逃げた、だから拒絶した。だけどそれは本質に一番近いのかもしれない。


「お前、そんな風にずっと生きてくつもりなのかよ」


勿論、とは返せなかった。

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