「え、須藤さん?」
「うん、西浦に入学してたみたいなんだ。しのーか知ってた?」


一応儀礼的に訊いてみたが、篠岡の驚愕の表情を見れば知らなかったのは明らかだ。素直さは篠岡の美点だと思う。決して浮いてるわけじゃないのに、普通の女の子とは違う何かを彼女は持っている。そういえば篠岡は中学のときも男女共に人気だったな。


「へー!知らなかったよ」
「あ、やっぱり?あのさ…須藤ってさ、中学のときどんなやつだったっけ?」
「須藤さんとあんまり話したことないんだけど…クールビューティーっていうか、大人っぽかったよね」
「だよ、ね…」


やはり篠岡の記憶にも、明るい須藤は存在しないらしい。今の彼女を篠岡が見たら、どう思うだろう。いや、何にも思わないか。中学のときは自分を表現するのが苦手だったのかな、今は本当の自分を出せてよかったね!と一緒に喜ぶはずだ。我ながら的を得た想像だと思う。


「あ、でも噂で聞いたことあるよ」
「え、何を?」
「あのね…」


他人の噂話をおおっぴらにするのはさすがに憚られるらしい。篠岡はちょいちょいと顔を寄せさせると、聞き取れないような小さな声で話す。吐息が耳に当たってくすぐったいのは我慢した。


「三年の初めくらいに、親御さんが離婚しちゃったらしいのね。それで、須藤さんは親戚のお家の養子になったんだって。あくまでも噂だから、他の人に言っちゃだめだよ!」
「…わかってるよ」


どちらかの子どもになるのではなく、第三者に引き取られた。イコール、親に捨てられた。ただの噂話なのに、それはやけに現実味を帯びた結論だった。他所者が家族から気に入られたいなら、扱いやすく従順な「いいこ」を演じるだろう。だから、彼女は変わったのか?あの感情の起伏に乏しかった彼女があそこまで極端に。


「そっか、話してくれてありがとな」
「栄口くんだから話したんだよ。栄口くんは人が嫌がることは絶対にしなさそうだから」


ごめんね、篠岡。俺は今から赤の他人を傷つけるかもしれない。だけど、このままでいいだなんてどうしても思えないんだ。俺の苦しみを彼女に味わわせたくない、そう頭の何処かで誰かが訴える。それもまた、俺自身だ。部活に小走りで向かう篠岡の後ろ姿に小さく謝罪を送った。


整備を終えたグラウンドの横を通り過ぎる、ぴんと背筋を伸ばした歩き方の女の子、それは須藤だった。俺は迷うことなくフェンスに歩いていき、俺に気付いてあからさまに目を逸らす彼女に笑ってみせる。また、憐憫の色が彼女の瞳にちらついた。


「須藤さん」


さあ、君を解放しよう。

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