「須藤ー!腹減った!」


昼休みも半ばを過ぎたころ、二つ席の離れたところで友達と話しながらお弁当を突いていたわたしに大きな声が掛かった。振り向くまでもなく田島くんだ。田島くんたち野球部はハードな朝練のために早弁してしまい、購買で一応の昼食を賄うのだけど、品数が少ないときもあってそれでも足りない場合が多いらしい。そんなときは決まってわたしのお弁当を分けてあげる。昨今の女子高生の食生活というものを把握していない叔母さんの作るお弁当は、とても美味しいけれど量が半端ない。だけど少しでも残すと「このおかずは嫌い?」とか「ダイエットは体に悪いわよ」とか、とにかく心配されてしまう。だから初めは胃に無理矢理詰め込んでいたけど、午後の授業態度に頗る影響を与えるし、どうにかならないものかと悩んでいたから、田島くんの申し出は有り難かった。わたしは卵焼きとおにぎり一つしか手を付けていないお弁当を田島くんに差し出す。


「はいはい、どーぞ」
「おっ!今日も須藤の弁当はうまそーっ!これって須藤の母ちゃんが作ってんの?」


田島くんの言葉に反射的に固まってしまう。お母さんは、わたしのための料理なんて一度も作ってくれなかった。唯一食べさせてくれたのは、コイビトへのお弁当の余りものだけ。それも冷凍食品やお惣菜の詰め合わせばかりだった。ひとつの料理を除いて。


「…うん。お義母さんが作ってくれてるよ」
「すげー!母ちゃん料理うまいなー!」


言葉の響きの上では誰も気付かないわたしの小さな反抗。満面の笑顔でお弁当をがっつく田島くんに言いようのない罪悪感を覚えた。わたしは蓋に取っておいた卵焼きを口に運ぶ。噛んだ瞬間、口の中に広がる甘味、舌を転がる半熟のとろける感触。お母さんのと全く同じ味が、わたしを懐かしい気持ちにさせる。同じ家庭で育ったら、共通の母親の味になるのだろうか。だったらわたしの卵焼きも、きっとこの味になる。あんなに嫌われて嫌って、憎まれて憎んで、それでもまだ、お母さんと呼べるなんてわたしも相当の馬鹿だ。失って初めて気付く大切さ、月並みすぎて笑えもしない。


「うん、美味しいよ」


あの卵焼きも本当はすごく美味しかったよ、お母さん。

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テーマ「人外ファンタジー」
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