「栄口くんは変わらないな」


ぽつりと呟いた言葉はお風呂の天井に湯気と一緒に吸い込まれていく。ローズの入浴剤の香りが鼻腔を擽って、何とも言えない幸せな気持ちになった。こういった乙女趣味なものに抵抗がなくなったのも、つい最近のこと。最初のうちはこの青臭さが嫌でたまらなくて、ついでに白みがかったピンクもわたしには馴染まないものとして視界を攻撃してくるかのようだった。高校に入学して早数ヶ月、もういい加減このロマンチックなバスタイムにも慣れた。市販のものは余計な成分が多いからとわざわざ美容院で買ってくるシャンプーも、ロクシタンのボディーソープも、わたしに与えられるすべてがあの人たちの愛情の証なのだ。そう言い聞かせなければ、狂ってしまいそうだった。わたしを枠に嵌めるだけの存在は、果たして家族と呼べるのか。埋没しようとすればするほど、それしか考えられなくなっていく。


ちゃぽん、シャワーから垂れた雫が浴槽の中に落ちる。水面越しに見える、無愛想なわたし。栄口くんはわたしの今の姿を見て、とても驚いていた。無理もないか、わたしは昔の栄口くんと同じような行動をしている。自分を押し殺して同調して、すべてを包み込むように柔く笑って。彼と出会ったあの頃はよかった。まだ、鈍感でいられたから。周りの評価も、人間関係も、取るに足らないものだと信じ込んでいた。だからこそ好き勝手に生きられた。だけど今は違う。普通の女の子らしくお洒落して、恋話をして、ふざけたりからかったりもして、そうでもしなきゃ、あの人たちは心配してしまうから。浴槽から出て、お風呂場の全身鏡に自分を映すと、髪の長い、一人の女がそこにいる。これが、わたし。何度も練習した笑顔は誰にも見つからないけれど、わたしには泣いているようにも見えた。栄口くんも、こんな気持ちだったの?他人の気持ちを想像してみる試みは、あの頃のわたしには欠落していて、今のわたしに備わっているもの。もう少し、彼のことを考えてみればよかった。出来れば、あの時に。


「ほのかちゃん、湯加減どうだった?」
「気持ち良かったです」
「そりゃあ良かった」
「あなた、食事にしましょう」
「あ、手伝います」
「あら、ほのかちゃん。気を遣わなくていいのに」
「いいえ、お世話になってるんですからやらせてください」


離婚に際してわたしの親権を押し付けあっていた両親を見かねて、不妊で悩んでいた叔母さんと叔父さんは喜んでわたしを引き取ってくれた。必要ならば何でも与えてくれるし、本物の娘のように大切にしてくれる。わたしは彼らに感謝しているし、実の両親よりもずっと大事にしたいと思う。だけど、彼らはわたしに理想の娘を見ているだけだと感じる一瞬がある。血が繋がっていないのだから、いつ棄てられてもおかしくない。だから演じ続けなければならないのだ。わたしはもう、家族を失いたくはないから。

栄口くん、今ならわかるよ。
―ひとりは、怖いね。

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