「栄口くんって不思議だね」


そう言ったのは、中学で一度だけ同じクラスになった女の子だった。彼女は大人しく目立たない方で、話したのもその時を除けば皆無だったように思う。それなのにこうしてはっきりと一字一句間違えずに覚えているのは、何も知らないはずの彼女が、誰よりも俺の本質を見抜いていたからだ。


「寂しいけど一人にしてほしい。要らないけど欲しい。矛盾ばかりの自分に折り合いをつけて、そうやって笑えるのはどうして?」
「…ごめん、何の話?」


彼女はきょとんと瞬きを繰り返し(あ、意外と目大きい、)それから自嘲するように笑った。滅多に見ることのない彼女の笑顔に、俺は恐怖しか感じない。彼女の見透かしたような瞳も、俺を圧迫する雰囲気も、怖くて堪らなかった。


「…君ならごまかすよね。君がそうするのなら、わたしには何にも出来ないよ」
「須藤さん、あの、大丈夫?」
「わたしは大丈夫だよ。君こそ、だいじょうぶ?」


彼女はきっと所謂電波系なんだ。だからこうやって、意味のわからないことを平気で口にする。そう頭の中で結論づけて、俺は鞄に置き忘れていたノートを突っ込んだ。急いでこの場から逃げなければ。俺は自身の根幹を成す何かを失ってしまう気がした。


「俺も大丈夫だって。じゃあね、須藤さん」


俺の空々しい「大丈夫」を彼女はどんな気持ちで聴いていたんだろう。あのあと俺が意図的に避けたせいで話す機会は全くなかったから、彼女の答えは知らないままだ。どこの高校に進学したのかも知らない。生きているのかさえわからない。彼女は俺にとって、そんな、たったそれだけの存在だった。出来れば二度と逢いたくないような、だけど忘れるのも難しいような、曖昧で印象的な女の子。


だから、


「お、須藤だ!」
「あれ、ほんとだ」
「こんな時間に何やってんだ、あいつ…」
「おーい、須藤!」


夜だというのに少しも自重しない田島の馬鹿でかい声に顔を上げた聞き覚えのある苗字の持ち主は、あの日に比べれば多少大人びていたものの、相変わらずの冷えた視線を俺たちに向ける。いや、そう感じたのは俺だけだったのかもしれない。


「田島くん、とその他大勢」
「よー…っておい!」
「何ですか、浜田さん」
「ねえ、何で距離置くの?俺のことそんなに嫌い?」
「嫌いではないですよ、浜田さん」
「また距離置かれた!」
「うるっせえよ、浜田」
「泉きゅん、こんばんは」
「須藤も黙ろう、な?」
「わたし、虐められてるの。助けて、三橋くん」
「お…オレ、助ける、よ!」
「三橋くん…ありがと、すき」
「!オオ、オレは…」
「はいはい、いい加減三橋いじめんのやめろよな」
「泉きゅんこそ、いじめかっこわるいぞ」
「キモイ」


親しげに話す九組の面子とは違って、置いていかれた俺らは黙って事の成り行きを見守るしかない。だけど俺の場合は周りのみんなとは質の異なる驚きで頭がいっぱいだった。彼女は本当に俺の知る須藤なのだろうか。目まぐるしく変わる生き生きとした表情と、楽しげにじゃれあう様子は、かつての彼女とは別人だ。同じ学校だった阿部はどうかと窺えば、何のことはない、他人に無関心な阿部が地味だった彼女を記憶しているわけもなく、「誰だこいつ、三橋に馴れ馴れしくしやがって」と言いたそうな苦い顔だった。最後のは俺の勝手な想像である。生憎篠岡はいない。判断不可能。


「あ、れ…?」


泉を適当にあしらっていた彼女の目線がふと俺に向く。あの時と同じように、真ん丸く見開いた黒目がちの瞳。何を言い出すのかわからない恐怖から、俺は引き攣った苦笑でどうか気付かないでくれと祈った。グロスの乗った口許が、ゆったり弧を描く。(そうだ、普通の女の子みたいに、そんな化粧もしなかったのに)


「栄口くんだ」


心臓を掴まれた気分だった。あれ、知り合い?当然のように挙がるそんな疑問にも答えることはできない。彼女に近づいてはだめだ、俺が、俺じゃ、なくなる。

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -