雨ふる日




午後から雨が降ってきた。
間一髪、職員玄関までの階段を駆け上がる。傘は学校に置いているので戻ってしまえば安心だ。天気予報の降水確率は三十パーセント。当たらないなぁ。
職員室へと入るとホワイドボードに書き足す。午後、再出勤。他学年の先生からお疲れさまとの声がかかる。お疲れさまですと返しつつ回りを見る。西島先生の姿がない。ということは、まだ喪山さんといるか。急ごう。

「すごい雨ですねえ、堺先生。部活の子も、みんな帰ったんじゃないかしら」
「そうですかねえ」

早口で答えると、事務の先生方が慌てて職員室へと駆け込んできた。
どうしたんですか? と問うと、タイムカードを押しながら答えてくれる。

「嵐になるみたいですよ。先生方も、早く上がってもいいそうですから」

そんなにすごい雨になるのかぁ。
さすがに喪山さんも早く帰らされたかも知れない。来た意味がなかったな。鞄を持ち、踵を返す。
窓の外をのぞいてみると、どんよりと沈んだ空から大粒の雨が降り注いでいた。窓から見える校庭はぐしゃぐしゃに濡れていて、とても部活ができる状態じゃない。あーあ、明日は大変だ。
ふいに正門へと目をやると、人影が見えた。傘もさしていない。誰だろう、こんなひどい雨なのに。職員室まで傘でも借りにくればいいのになぁ。そんなことを考えてもう一度人影を確認する。

「あれ……」

あれは、間違いない。
僕は傘を持って走り出した。


***


冷たい。最悪だ、傘を忘れた。
降水確率三十パーセントだったのに。髪までびっしょりだ。地面を睨んで歩く。正門を抜ける。制服、どうしよう。乾燥機にいれなきゃ、うん。そうだ、乾燥機に。

「……ふ、うっ」

だめだ。我慢できない。涙があふれて止まらない。
どうして、どうしてこんなことになったの? 西島先生。好きだよ、西島先生のこと、わたしだって。だけどそれは、先生としてで。だけど、先生、泣いてた。泣いてたんだ。わたしが泣かせた。わたしが苦しめた? そうだよね、そうだ。わたしの名前を呼ぶ先生。紛れて聞こえた。『好きだ』先生、ごめん、ごめんなさい。寒気がする。体が冷たい。バカだな、わたし。



「喪山さん!!」

声に驚き振り向くと、そこには堺先生が、いた。
なんで。今日は出張のはずじゃあ。いろんな言葉が浮かんでは消える。息を切らせた先生が近づく。緑と黒、ギンガムチェックの大きい傘がわたしにかかる。

「……どうしたの……」
「えっと、いえ、その」

俯く。涙が落ちる。だめだ、気づかれたら。
先生の右手がわたしの肩に触れる。喪山さん? 先生が心配そうな声を出す。ごめんなさい、傘忘れて、あの。たどたどしい答えしかできない。先生はまたわたしの名前を呼ぶ。頬を流れる雨が涙とまざる。喪山さん、こっち向いて。俯いたままのわたしに先生が言う。だめ。いまは、だめ。

「……喪山さん」
「だめですっ」
「喪子」

傘が地面に落ちる。
先生のあたたかい両手が頬に触れた。ぐっと上を向かされ、目が合う。メガネの奥の目が開く。泣いてるの。先生がびっくりとした顔で言った瞬間、顔に痛みが走った。先生が手に力を込めたんだ。痛い、痛いです、先生。……先生。

「……ご、ごめん」

先生の目線は、わたしの首筋にある。
荒く外されたブラウスのボタンが、取れかかっていた。見られたよね。先生の手がわたしの頬を撫でた。
喪山さん。抱き寄せられて、きつく抱きしめられる。ごめん、ごめんなさい。先生が謝る。なんで、先生が謝るんですか。意味がわからないですよ。わたし、なにもされてません。わたしが笑うと先生の手がぎゅっと制服を掴む。

「だめだ、なんでこんな……俺は、なにもできないっ」

先生の啜り泣く音がした。
雨の音にかき消される。先生、謝らないで、先生。先生、濡れちゃうよ。はやく学校に戻ってください。わたしは大丈夫です。だめだと先生が声を荒げた。はじめて聞いた、先生の大きい声にビクリとする。先生はわたしから体を離すと、また、両手でわたしの頬を包んだ。

「今は……いや。今日はもう、帰せない」

先生はわたしの腕を取り、歩きだした。
わたしは縺れた足で、ただついていくことしかできなかった。






[] [next]
[目次]
[しおりを挟む]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -