先生の車




「じゃあ、さようなら」

昇降口まで見送ってくれた堺先生にそう告げると先生はまた真ん丸い目でわたしを見た。

「さっき言ったじゃない。送っていくから」
「……え? 本当だったんですか?」
「なんで僕が嘘つくのさ」

堺先生は笑うと、見つかるとアレだから、正門を出てすぐのバス停で待っていて、と言い、校内へ入って行った。わたしはワクワクというかドキドキというか、不思議な気持ちのまま足を進めた。
 しばらくバス停で待っていると、黒い車がやって来た。窓が降りると堺先生が乗って、と一言。わたしが開ける前に、先生がドアを開けてくれた。
車に乗り込むと、シートベルトしてねと先生が優しく言うので、頷いて支度をする。
先生の車にはなにもなかった。
なんというか、あえてなにもしていない、とかではなく、なにをすればいいのかわからずそのままにしてあるという感じだ。
唯一、お茶と飴玉が運転席と助手席の間のスペースにある。
車がうごきだすと、わたしたちは無言になった。沈黙が続くとやっぱり気まずいもので、わたしは必死になにか話題をさがした。

「今日、風邪でもひいてたんですかね」
「ん? 誰が?」
「西島先生」

急ブレーキがかかる。堺先生は慌ててわたしに謝った。車がまた緩やかに走り出す。
様子がおかしかったと伝えると、堺先生は前を見つめたまま、そうかもねとだけ答えた。

「喪山さん」
「はい」

車が右に曲がる。こっちはわたしの家の方向じゃあないのに。堺先生を見ると、真剣な顔をしていた。メガネの奥の目が、いつになく、揺るがないような、そんな雰囲気で。わたしはなにも言えなかった。
しばらくして車が止まる。すこし離れた住宅街の、マンションの前。多分、先生の自宅だろう。堺先生が姿勢を正すので、わたしもつい正す。

「あのね、喪山さん」

口を一文字にした、真面目な顔。
真剣なまなざし。目がそらせない。なんだか今日はおかしいことばかりだ。堺先生も、西島先生も。でもそれを嬉しいって感じてる自分も確かにいて、だけどそれは……。

「……僕は」
「あっ、お腹空きました、先生、あの、飴食べてもいいですか」

わざと明るい声を出した。話題を変えよう、今日はおかしい。怒られてもいい、なにか行動をしなきゃいけない気がする。

「……いいから、食べていいから聞いて」

先生が淡々とした口調でそう言う。
反面、表情はとっても苦しそうで、わたしはどうしていいかわからず、下を向いたまま、置き場のわからない手で制服のスカートをくしゃくしゃに握った。
飴玉を探って口にほおりこむ。味がよくわからない。先生の視線が相変わらずわたしに刺さる。わたしは大きな飴玉に占領されて、うまく回らない舌をうごかしたまま、わけもわからずしゃべった。天気が良いとか悪いとか明日は授業がなんだとか。あのね先生、それで……。

いきなり、すごい力で肩を掴まれた。
顔を無理矢理上げさせられ、堺先生の顔が間近に迫る。こんなに力があるの? いつもあんなに弱々しい、本の番人みたいな、そんな先生なのに。先生、どうしたんですか。ねえ。

「……ごめん、黙って」

堺先生の顔がさらに近づく。
いつかされたように額にくちびるが落ちる予感はしない。
わたしは目をつぶった。その瞬間、わたしのくちびるに、先生のくちびるが、触れた。熱い吐息がかかる。甘い。甘いりんごの味がした。堺先生のキレイな手がわたしの頭に回される。髪をまさぐって、くちびるを押し付けて、舐めて、吸って。
カラカラと飴玉が歯に当たる。わたしと先生の口のなかを行ったり来たり。あ、先生が飴玉を噛んだ。バラバラになった飴玉が二人の口ではじける。
舌が絡まり、唾液が口元から流れていく。逃げても逃げても追い掛けてくる堺先生の舌。息が苦しい。むしゃぶりつくように、こぼれた唾液を先生が舐めあげる。

「……卒業まで待てない」

自分でもどうしたら良いのかわからないんだと震える声で先生が言う。わたしは答えるように先生の背中に手を回した。好きです、堺先生。好き。目が潤んだ。

「うん、僕も……」

先生の、わたしを抱きしめる力がさらに強くなる。
わたしたちは、ただただ抱き合ったままひたすらに口付けた。くちびるが腫れてしまうんじゃないか、堺先生が真面目に心配をした。でもわたしは知ってる。
そんなことを言いながら、首筋につけた跡のことを。






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