補習授業




「わからないです」
「早い。どこがわからないんだ」
「どこがわからないのかがわからないです」

西島先生は勘弁してくれ、とため息を吐いた。
すみませんと机に突っ伏すと、定規で頭を叩かれた。地味に痛いです。というよりなんでわたしは補習なんだろう。
放課後の教室、部活動もそろそろ終わる時間帯だ。

「国語みたいに頭に入れられないのか」
「なんででしょうねえ」
「なんでって、お前……」
「え?」

西島先生が言葉に詰まる。
なんだか今日はおかしい。

「どうかしたんですか先生、今日、なんだか……」
「……なんでもない。ほら、早く」

定規で問題を指すと、先生は隣の椅子を奪い、わたしと向かい合うような形で座った。

「この式を一度ばらす。そうしたらxの数を数えて、こっちに」
「えー……」

今度はわたしがため息を吐く番だ。
嫌々プリントに顔を近づけるけれど、長ったらしい数式から視線をそらすと、西島先生と目が合った。ガチッと捕まえられたように視線がうごかない。なんだろうこの感じ。気まずい。視線をまたすこしそらす。キレイに処理された無駄のない顔が、なにかを見据えるような瞳がわたしの横顔を刺すように見つめているのがわかる。どうしたんですか、先生。どうしたの、わたし。おい喪山。西島先生の声が間近に聞こえる。吐息がかかる距離。どうしよう。

「……喪山、俺は」

西島先生の大きなてのひらがわたしの髪に触れた。
耳を包みこむように触れられると、熱くなったわたしの体温がバレてしまう。冷たい先生の手。どうしよう、どうしたらいいんだろう。堺先生の顔が頭に過ぎる。だめだ、これは……。
――瞬間、ドタドタと騒がしい足音が廊下から聞こえ、ドアが開け放たれた。



「……堺先生。書類の整理は」
「すみません、西島先生。なかなか片付かないので、持ち帰ることにしました」
「そうですか」
「はい、なので、様子を見に」

堺先生の視線がわたしの耳と西島先生の手にうつる。西島先生はゆっくりと手を離すと堺先生にすみません、ゴミがついていたので、と笑った。堺先生は無言で笑った。

「様子見と言っても、もう終わりですよ。外は暗い、生徒も残っていないでしょう」
「ああ、そうですね。いまから昇降口にカギをかけに行くところだったんですよ。喪山さんは僕が送っていきます」
「そうですか」
「はい、そうです。そうしますから」
「……わかりました。じゃあ喪山、また明日」

え、明日も補習するんですか? と言うわたしの思考が見えたのかはわからないけれど、西島先生は当たり前だ、と非情な言葉を残して廊下へ向かってしまった。



「……あ、堺先生」
「なんでしょう」
「補習の話、俺は誰にも話をしていないはずなんですが。よくわかりましたね」
「…………ええ」

――喪山さんに関することなら、わからないことなんて、僕にはないんです。






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