夕陽の中




「喪山さん?」

貸出受付にてリクエストカードを書いていたわたしはグダグダと頭を抱えていた。ううっ。出版社の名前が出てこない! 時刻はすでに放課後で、図書室の解放時間も残りわずかに迫っていて、サボりなのか図書委員の姿も見えない。
いきなり名前を呼ばれ、その聞き慣れない声に顔を上げると、そこにいたのは本を抱えた先生の姿だった。
――あ……名前、なんだっけ。なに先生だっけ。思い出せずにモヤモヤとする。

「……堺です。二年、三年の担当だからわからないよね」
「あっいえ、すみません、……堺先生」

 受付の机に何冊もの本を置いて、首から下げたネームカードをわたしに見せた。
国語の堺先生か。名前はわかったけれど、わたしになにか用事でもあるのかな。正直、図書室によく出入りするため顔はわかっていても、入学して数ヶ月。まだ名前まで把握はしていない。すこし不安に思いつつも先生にどうかしましたかと問い掛けた。

「えっとね、それ……」

先生はわたしの書いていたリクエストカードを指差して、この本はここじゃないかなと出版社名を言った。
それだ! ハッと思い出し、ありがとうございますとお礼を言ってから、リクエストカードに書き込み、備え付けのミニポストに入れる。よかった。そうだ、この名前だぁ。満足げに鉛筆を置くと同時に、先生は当たってよかったと本の整理をはじめた。

「堺先生って、図書室の担当なんですか?」
「うん。司書さんもいるんだけど、週に一度しか来ないしさ。教室管理が僕だから、こういう仕事もするよ」

そういえば、司書の先生もなかなか見かけないなと納得した。もうすぐ下校時刻なのに、まだまだ仕事はあるのか。大変だなぁ。勝手な心配をしつつ、先生が本を整理する姿を眺める。返却された本をひとつひとつ確認して並べていく姿は真剣だ。扱い方がすごく丁寧だ……本、好きなのかな。

「先生って、本、好きなんですか?」

ふと思って、問い掛けてみる。

「……うん。そうだねえ」

フィクションはあまり読まないんだけど、と歴史物の本を持って言う。わたしはフィクションばっかりです。ちいさいころは、日本の歴史〜みたいな本、好きだったんですけど。
いつのまにか勉強を覚えるとどんどんとそういう本からは離れていった。フィクションの恋愛や冒険に見を任せて、現実逃避をしているような。

 夕陽が差し込む図書室の中で、紙をめくる音と時計の秒針がうごく音が響き渡る。下校時間が近づくたびになんだか名残惜しいような、はやく終わってほしいような、なんとも言えない気持ちになった。
横目で堺先生を見ると、整理と確認が終わったらしく、受付の棚に本を戻していて、眼鏡をグッと上げながら本の背を凝視している。
よく見れば、本来あるはずの棚の番号のテープが破れてしまっていた。人気の本なら、たまにあることだ。人から人に渡るのだからしょうがないけれど、先生からしたら迷惑だろうな。

「喪山さん」
「はい?」
「これ、どこにあったかわかります?」

差し出された本はついすこし前に出た恋愛小説だ。これなら、奥の棚だったような。ちょっと待っていてください。先生にそう言って、確認しに行く。古い、埃っぽい本棚の間を抜けると、ポツリと間ちいさなすき間。ああ、やっぱりそうだ。これ見たことあるもん。番号の確認をサッと終えて先生の元に戻り、本を受け取る。
その場にあったビニールテープに番号を書いて、本の背に貼付ければ元通りだ!
わたしは本を持って棚へと走った。もちろん後ろから、走らないの! と怒られた。



「ああいう本が好きなの?」

 本を戻して受付に行くと、頬杖をつきながら先生が言った。とくに恋愛モノばかりを選んで見ているわけじゃないけれど、確かにああいう本が多いかも知れない。そう答えると先生はそっかぁ、そういう年頃だもんねえとなんだか感傷的な口調になる。

「いまはまだ夢見たっていいじゃないですか」

ちょっとふざけたように言い返すと。

「うん……そうだね、と喪山さんみたいな子なら、きっと良い恋愛ができるよ」

と答えてくれた。
その表情があまりにも真剣で、まっすぐで。やわらかな微笑みと眼鏡の奥にある丸く黒い、すべてを見据えるような瞳。わたしはなぜか逃げたくなってしまうような気持ちと、わけもわからずに赤くなる頬を隠すように俯いた。
なんだろう、この気持ちは。ドキドキと高鳴る鼓動に心配になる。なにかの病気? いやいや、違う。ゆっくりと視線を先生へと戻す。キョトンとした顔。わたしの様子を不振に思っているのかも。ああ、また顔に熱が……。なんでなのか、わからない。わからないけど。ただひとつだけ確信していることがあるんだ。

――きっとまた明日、わたしはここに来てしまう。放課後のあふれる夕陽の中、この人に会いに。俯くわたしに、下校のチャイムがふりかかるように響いた。






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