触れたい




二度目になる、先生の家。
時間はすでに十八時を過ぎていた。ある意味、前回よりも緊張しつつ入り、ソファーに座る。お母さんからのメール『報告ぐらいしなさい。家に着替えがあるから持っていくこと』お節介というかなんというか、すごく複雑な気持ちで一度自宅に帰り、取ってきた着替えを床に置いた。
先生がキッチンに立つのが見え、声をかける。

「あの、お茶くらい自分で……」
「ううん。違う。お腹、空いてない?」

冷蔵庫を開けて先生が言う。
簡単なものなんだけどね、と大皿を一枚取り出した。乗っていたのは、サンドイッチとキレイに飾りつけられたブルスケッタ。奥で火にかかっているのは、たぶんクリームシチューだ。

「えっ……それ、先生が作ったんですか」
「いや、市販のものに手を加えただけだから。味は大丈夫と思うけど」

卒業祝いですと照れているみたいに笑って、先生は取り皿を出す。わたしは慌ててキッチンまで向かい、手伝う。整頓された棚から深皿を取り出して先生に渡し、取り皿をテーブルに並べる。ちょっと新婚さんみたい。考えて急に恥ずかしくなる。

「はい、座って」

シチューを持った先生がソファーに座るので、倣うようにわたしも座った。いただきますと手を合わせて食べはじめる。
……美味しい。サンドイッチは野菜がたくさん入ってみずみずしいし、ブルスケッタはこんがり焼かれたパンと、クリームやチキンの相性が抜群だ。シチューだって、たっぷりと入ったチーズのとろける食感とコクがある。昨日の自分の料理を思い出して、すこしだけシュンとした気持ちになってしまった。

「……先生、なんでもできるんですね……」
「そうでもないよ。今度は、一緒になにか作ろうか」

なんでもないみたいに、簡単だとばかりにそう言う先生にすこし嫉妬したり、そのくせ、一緒にと言われただけですぐに機嫌が直るわたしは、どうなのかと思う。そんなことを考えてスプーンを口に運んでいると、先生がポツポツとしゃべりだした。

「……三年間、長かった」
「わたしはアッと言う間でしたよ」
「ひどいなぁ。僕はずっと、君が卒業するまで長かった。はやく卒業してしまえばいいと思ってたよ」
「それこそひどくないですか」

先生の言葉につい言い返す。

「ふふ、うん。会えなくなるんだもんなぁ。だけどさ、こうしていま、一緒にいるでしょう」

そりゃあ、そうですけど。
サンドイッチの残りを食べて、ムッと口を閉じる。

「僕はね、恋愛とかって、あんまりよくわからない……というより、こわいって言ったほうがいいかも知れない。そんな考えだったんだ」
「……こわい?」
「自分が自分じゃなくなるような感じ。知らなかった自分がでてきて、乗っ取られるような感じがして、あんまり好きじゃなかった」

スプーンを置く音。
先生の真剣なまなざしがわたしに向けられる。いつかの日のように、目が離せない。

「いまだって、自分じゃない気がして、おかしくなりそうだ」
「……せんせ、あのほらっご飯まだです、から……」

空気を変えようとしたわたしの言葉を遮るように、先生の手がわたしの肩に触れる。掴まれて、ビクリと体が揺れてしまう。

「……正直に言ってくれていい、僕に触られるのはこわい?」
「あの……いえ」
「これからもっと君に触れたいと思ってる。もちろん、キスとか、それ以上って意味で。それでも?」

ドキドキしてる。緊張してる。
それは本当だ。だってこんなに先生が近い。だけど。だけど、緊張してたってなんだってわたしは、いまこの瞬間を大切にしたいって思ってる。こわくないって言ったら嘘になる。それでもわたしは。

「大丈夫、です。先生」

そういうしかない。わたしに選択肢なんて、もともとないんだ。だってわたしは先生のことが、好きなんだから。






[] [next]
[目次]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -