司書室で




「失礼します、堺先生いらっしゃいますか」
「何年何組の、どちらさまですか?」

入口付近にいた西島先生がニヤつきながらわたし言葉に反応した。
忘れてた。わたしは三年五組の喪山ですと付け足す。西島先生は大きく口を開けて笑った。

「月曜はこの時間、授業ないからまだお昼食べてる。司書室で。早く行かないと……」
「うろちょろしますもんね、先生」

西島先生がわたしの言葉に、さらに笑う。
もっと、いつも笑っていればいいのに。冷たいイメージが、ガラッと変わると思うのになぁ。歯を見せるその笑いかたは一瞬で表情に柔らかさを添えるから。そんなことを考えつつ、わたしは職員室を出ると図書室横の司書室に向かった。


***


ノックを二回。失礼しますと開けると、堺先生はおにぎりを頬張っていた。口がパンパンに膨らんでいる。

「おはよう喪山さん、すみません、いま片付けます」
「あ、慌てないでいいです」

堺先生が慌ててお弁当を片付けはじめたので、わたしはそれを手で制止して先生の隣の席に座った。
大きな、十人ほど座れそうなテーブルは堺先生のお弁当と、書類、本の山で埋めつくされている。
白いタートルネックのセーターに、ブラウンのキッチリ折り目のついたパンツ。
いつもどおり、相変わらずだ。と言っても、先週の金曜日に会ったきりなので、変わるはずもないのだけど。

「君、変わらないねえ。身長のびない?」

おにぎりの最後ひとくちを口にほおりこんで、堺先生が言った。

「たった数日で身長のびたら困りますよ」

同じようなことを考えていたのかと思ったら、耐え切れずに笑いがこぼれた。
わたしは近くのポットでお茶をいれ、先生へと差し出す。先生はお茶を受け取るとふうふうと息を吹きかけた。メガネが曇る。

「ああ〜……ははは」
「見えないでしょ、先生」

さらに笑いが込み上げてきて、わたしはてのひらで口を覆って先生から視線をそらした。
そんなに笑わないでよと言う先生には申し訳ないけど、笑いは止まらない。

 ――しばらくして笑い声が止むと、二人だけの静かな空間。

「……次の授業は、お休みします」
「サボりかぁ〜」
「あまりね、よろしくないですけど」

そう言いつつも悪びれた様子はないわたしに、先生は笑う。
ストーブつけますね、と立ち上がるとともに、ごめん寒かった? と声がかかった。

「いえ、堺先生が寒いかなぁって」
「いいのに、そんな」

先生が真ん丸い目でこちらに視線をやる。
唇が突き出た、幼いような、なんとも言えない表情で見つめられる。

「……あの」
「うん?」

ふ、と先生の顔つきそのものが変わった。
柔らかい表情は一緒なのに、細められた目、薄く開いた唇からのぞく舌にゾクゾクする。
気がつけば、わたしの腕は先生に掴まれていて。その手や指から熱がうつる。先生はゆっくり立ち上がると、そのままわたしを抱き寄せた。いきなりのことに体が固まる。腰に回された手に力が入る。耳に先生の息がかかる。熱い。

「……ごめんね。実は、君がサボるって言ってくれて、嬉しかった」
「え?」

顔を上げると、視線が絡む。
堺先生は苦笑してから、なんでもないと体を離し、椅子に座り直した。
わたしはぼうっとする頭のままストーブのスイッチを入れてから、堺先生の隣の椅子に座った。無言。時計の針がチクタクと時間を刻む音しかしない。……刻む音しか。



――ガチャッとドアが開く音がした。
体をビクリと縮ませた瞬間、大きな声がわたしにふりかかる。

「喪山! お前、なに、どうどうと、サボってるんだ!」

西島先生が一言一句キレイに区切りながら、ツカツカと足音を立てて近づいてくる。
わたしのもとまで来ると堺先生を見やり、大きなため息をついた。

「場所は教えてやったけど、サボるのは許してない。他の先生からお前が来てないと連絡が……」
「あはは……すみません」
「堺先生も」
「すみません〜、つい」

呆れた顔の西島先生にわたしたちは二人して頭を下げる。

「ほら、喪山はさっさと戻る」
「はーい」
「堺先生は……」
「僕は、ここで書類の整理を」
「そうですか」

西島先生はいつもの、なにを考えているかわからない顔のままわたしを見て、行こう、と言った。
わたしはすこし名残惜しいまま司書室を出た。堺先生の視線が背中に刺さっていた気がした。


***


「喪山」
「はい」
「お前はもうすこし、気をつけて行動しなさい」

はい? 言われた意味がわからずに黙るわたしに、西島先生は眉間にシワを寄せた。
怒っているのかもしれない。喪山。はいなんでしょう。やり取りのあと西島先生まで黙ってしまった。

「……堺先生と親しくするのはいい。授業態度も悪くないし、成績も良い。俺の教科よりもだいぶ良いしな」
「それは……すみません。どうも理系は苦手で」
「いやいい」

長い渡り廊下の途中、先を歩いていた西島先生が立ち止まる。真剣な眼差しに体がすこし硬直した。

「お前は……」

先生がつぶやくように言った。
距離を詰めてきてるように思えるのは気のせいじゃないと思う。また、沈黙。

「西島先生?」
「……お前は、今日、放課後、居残りだ」
「え?」
「文系だろうとなんだろうと、理解しなきゃいけないことはある。行くぞ」

西島先生は単位落とされたら担任として困ると付け足し、さっさと先に歩いて行ってしまった。
その後ろ姿はもう、いつもの西島先生で。わたしはどうしたらよいのかわからず、ただそのあとについて歩いた。






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