一瞬だけ




「はい、わかりました。わざわざ御連絡ありがとうございます。……いえ、そんな。こちらからも様子を見ておきますので。はい、それでは」

白い受話器を置く。一気に、騒がしい部屋の音が耳に入ってきた。どんどん他の先生方が出勤してきたからだ。
自分の席へと戻り、ぐっと背伸びをする。朝一番に入り、デスクを片付けていたらなった電話は、喪山の母親からだった。出張で二、三日家を空ける、たいていの家事はできて心配はいらないが、一応担任には連絡をいれておくとの話。今日は木曜日。学校は今日、明日だけ。そこまで心配するほどでもないと思ったのだろう、喪山の母親は何度か、すみませんいちいちと、すこし申し訳なさそうだった。こちらとしては好都合だ。正直、近頃の保護者はなんでも学校に責任を押し付ける。喪山の母親がそうだと言うわけではないけれど、生徒の生活環境を学校が把握するのは大事になってきている。まぁ、喪山の母親は大丈夫だろう。「学校は把握していたくせに」「学校が把握していなかったから」といちゃもんをつけるようなタイプではないはずだ。
出勤時に入れたコーヒーを啜る。すこしだけぬるくなっていた。朝食べていた菓子パンの残りを口にほおりこんで飲み込む。ホームルームの準備をしよう。

「おはようございます」
「……おはようございます、堺先生」

後ろから声がかかって振り向くと、堺先生がいた。
挨拶もそこそこに、かばんを置いて準備をはじめる彼を横目にしてから、プリントに目を通す。普通に接するしかない。もう子供じゃあないんだ。恋愛沙汰の一つで対応に困っていたんじゃだめだ。そんなふうに考えて、たかだか嫉妬したぐらいで生徒を傷つけて、自己満足のためにモノを渡す俺はなんなんだと自嘲した。
受け取るとは思っていなかった。喪山が香水を受け取ったときに感じた安心。店を出てからの、堺先生に対しての微かな優越感。そんな自分を責める。仕事中になにを考えているんだ。
予鈴が鳴る。腕時計を確認すると、時刻は八時近く。生徒の登校時間になったらしい。出席簿を持ち椅子から立ち上がる。歩き出そうと足を進めたときだ。風に乗って、甘い綿菓子のにおいがした。立ち止まる。これは。

――喪山の。
口から出かかり、慌てて閉じる。
俺は振り向き、頭の中で彼女の名前を反芻するしかなかった。






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