うそつき




小走りで堺先生の自宅へ帰ると、まだ先生は帰宅していないようだった。
荷物をキッチンに置いてソファーに座る。携帯を取り出すとランプが点滅していた。お母さんかな。携帯を開く。
『ごめん、急に出張になった。家に帰れないの。月曜には帰る予定だけど。今荷物取りに来てるから、お金は置いておきます。他に……』えっ。ええ!? 慌てて、携帯に縋り付く。嘘でしょ。よく見ると、お母さんから着信も残ってる。かけ直すと、留守番電話に繋がった。ああ、だめだ。完璧に仕事モードに入ってる。どうしよう。このまま先生に頼るわけにもいかないよね。自分で家事くらいはできるし……、一人であと四日間なんとかしよう。はぁ、とため息をついて携帯を閉じると玄関から物音がした。

「ただいま〜」
「あっお帰りなさい、先生」

よたよたと、くたびれた様子で先生がリビングへと入ってくる。コートで着膨れした先生は、買い物袋を不思議そうにを横目に見つつ、ソファーに座った。

「お疲れさまです」
「うん……。買い物に行ってきたの?」
「はい。あの、勝手かとは思ったんですけど、ココアと、他に足りなかったものをすこし。あっ、すみません、コートも借りてしまって……」
「いいよ。そんな、気をつかわなくてよかったのに」

でもありがとう、と先生がわたしの頭を撫でる。
やっぱり勝手だったかな。そうだよね、なんか重い女みたいだ。心の中で反省する。今度からは気をつけよう。そんなふうに思っていると頭上から先生の気の抜けた声がした。見上げると先生がコートに鼻を寄せていた。うわっ、顔っ、近い。

「手、貸してもらってもいい」

先生がわたしの手を取って、手首の匂いを嗅ぐ。わわっ、なに。すんと鼻を寄せると先生は、なにか砂糖菓子でも食べた? と笑った。

「あ……香水です、それ、多分」

つい正直に口に出た。
きっと、コットンから匂いが移ったんだ。

「香水?」
「はい。さっき、買って……」

貰った。と言う言葉を飲み込む。罪悪感というか、後ろめたい気持ちになったから。それは堺先生に対してなのか、西島先生に対してなのか。
先生は気づかないで、いい匂いと鼻を擦り寄せる。そうですか? くすぐったくて微笑むと、わたしの手首にキスが落ちた。

「めずらしいねえ。喪山さんはそういうの興味ないのかと思ってたんだけど」
「わたしだって、それくらい興味ありますよ」
「……いい匂い。もうすこしつけてくれない?」
「あんまりつけると、きついですよ?」

いいから、と先生が言うので、スカートのポケットからピンクの香水を取り出すと、キャップを開ける。わたしが手首につけようとするのを、先生の手が止めた。

「僕のコートにつけて」

先生が言った。なんでですかと問うと。

「そうしたら喪山さんとお揃いでしょう」

目を伏せて、先生がすこし照れくさそうに、でも嬉しそうに言う。わたしは、嬉しさと気恥ずかしさでいっぱいになった。だけど、同時にこれを渡してきた西島先生の気持ちが苦しいくらいに胸に突き刺さって、素直にはい、とは言えなかった。
 すこしぎこちなく、香水を先生のコートにつける。甘い匂いが香るたびにわたしを思い出す堺先生と、西島先生を思い出すわたし。気持ちがぐちゃぐちゃになりそうだ。

「……よし、じゃあ家まで送るよ。制服とか、荷物持ってね」
「はい」

立ち上がり、携帯で時間を確認する。この時間ならお母さんはもう出張に向かってるよね。
――堺先生には言わないほうがいい。心配かけないようにしなきゃ。わたしは黙ってポケットに携帯をしまうと、先に行った先生に続いて玄関へと歩いた。たった一日居ただけの先生の部屋を出るときになぜかひどく寂しく感じて、後ろ髪を引かれる。閉じるドアの隙間から、先生のにおいとわたしのにおいがまざった、部屋の淡いにおいが風に乗って鼻をかすめた。






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