過去の事も、今の事も
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「美優、入っていいかな?」


右京さんは、私がお握りを食べるまで本当に部屋から出ていかなかった。

それから少しして聞こえたのは朝日奈梓の声。椿のほうはいないらしい。好きにすれば、と声をだせば、がちゃりと扉が開いて朝日奈梓が部屋に入ってきた。


第4衝突
過去の事も、今の事も



「僕達と兄弟になるの、そんなに嫌なんだ?」

「当たり前でしょ

今まで誰にも頼らず姉妹二人で頑張ってきたの、守ってきたの。
…それに、男なんて、嫌いよ」

「アイツとは、連絡とってないの?」
「とってるはずないじゃない。私、フラれたのよ?」


ごめん、と朝日奈梓は私の頭を撫でる。優しく、優しく。まるで壊れ物を扱うみたいに、


「アイツとのことは、あまり聞かないけど…僕らはもうキョウダイなんだ」
「義理のね、戸籍だけよ。

……私の中に入ってこないで。私には、絵麻とパパがいればいいの」


なんて閉鎖的なんだろう。なんて惨めなんだろう、なんて子供なんだろう。

私が素直だったら、美和さんに笑顔でおめでとうって言えたのに。

新しい家族も、戸惑うかもしれないけど、笑顔でお願いしますって、私と絵麻をよろしくって、言えたのに。


頼り方なんて、知らない。



「あまり抱えこまないようにね。美優はすぐ一人で抱え込むんだから」
「…朝日奈、梓」

「昔みたいに梓って呼んでよ。キョウダイ関係なく、僕らは友人でしょ?椿も言ってたし」

「…気が向いたらね」


それじゃあ、また明日。と梓は部屋を出ていこうと立ち上がった。


「……梓…っ」
「なに?美優」

「ごめんね」


なんで謝るの、と梓は笑う。ばたんと扉は閉まって、私は。


部屋の電気を消して布団に倒れ込んだ。

場の雰囲気を、壊すつもりじゃなかったんだ。本当は言うつもりも、なかったんだ。

でもね、私にも、変なプライドがあって。今までパパがいないことが多くて絵麻と二人のほうが多かったから、それに慣れていたんだ。

だから、いらない。

だから、誰にも頼らない。


ずっと、思ってたんだ。



「お風呂、はいろ」


ダンボールから、お風呂セットを出して自室でシャワーを浴びようとひねるも、でない。


「…なんで?」


どれだけ回しても出ないし、と思ったらチョロチョロと少しだけど出てきた。


「あ、いける」


と、思ったら。


「うひゃぁぁああああっ!」





有り得ないことに、茶色い水がシャワーからものすごい勢いで出てきて、そんなに力を入れてヘッドを持っていなかった美優の手からシャワーは離れ、巻いていたタオルを茶色に染めた。頭も茶色い水により、不快感がひどい。


ドンドンドン、



「…あれ、いない?」
「確かに彼女の悲鳴が…」


「…でしょ、…や……て、」


「シャワー室から、かな?」
「…誰か、彼女にシャワーは使えないと伝えましたか?」


ばん、と扉を開けて部屋の中を入っても美優の姿はなく、兄となった彼らは不思議そうな顔をしていたが、シャワー室からもれる光と水音に「兄」達はマズイ、と顔色を悪くしてシャワーの扉を開けた。


「嘘でしょ、うひゃぁあ、
っ、あっつ…!」


「美優さん、大丈夫ですか?!」
「開けるよ妹ちゃん」


「え、や、大丈夫です
大丈夫ですから!開けないでくださ、っつ」


シャワー室の扉を開けると、湯気が立ち込めていて。


「―…あ、」
「ひっ、」


雅臣と美優の目が合う。肩は赤くなっており、湯気からしてかなりの温度のお湯が出ていると悟る。


「要、元栓しめてくれる?」
「了解、」

「右京は氷、冷やすもの準備してて」
「はい、」


ばたばたと部屋を出ていった右京と、シャワーの栓をしめた要。ごめんね、と脱衣所にあった寝服と下着、タオルを持ち、美優を抱える雅臣の後ろをついていった。


「あ、あの歩けます、」
「駄目だよ、肩も足も、火傷してる」

「でも」
「…美優さん、頼っていいんです」


雅臣さんの言葉に、びくりと肩が震えた。いま、なんて


「今まで、一人で絵麻さんを守るために頑張ってきたんだ。
キミには兄弟ができた、キミには僕ら兄ができたん。頼っていいんだよ

我が儘を言っていいんだ」

「っ、」


ビリビリと、鼓膜を揺らす言葉に泣きそうになる。肩と足が痛いからじゃない、あぁなんだか認められたんだと。頑張ってきたと、わかってもらえているんだと、嬉しくて。


「一人じゃないんだよ、美優、僕らがいる。絵麻ちゃんも勿論、これからは僕達がキミ達を守るから」
「泣いていいんだよ、妹ちゃん」

「…っ、うぁ…っ」


我慢してた。
私は姉だから泣いちゃいけないって。

辛かった。
絵麻の笑顔を見るのが幸せだったけど、いつも必死だったから。

悲しかった。
わかってもらえなかったから。

嬉しかった。
あたたかい言葉、伝わる熱が、一人じゃないとわからせてくれる。


「ごめ、なさ…っ」

「泣きなさい、
よく、頑張ってきたね

これからは、僕達も一緒に頑張るから、ね?」

「ま、まさおみ、さ…かなめさ、」

「お兄ちゃんって呼んでみてよ」
「………それは、嫌です」


エレベーターをおりて、リビングに行くと電気がついていて、驚いた様子の絵麻と、一卵性組と、昴くんがいた。


「お、お姉ちゃん…?」
「ちょっと美優、どうしたのその格好」

「あ、えと」


「私達が、彼女の部屋のシャワーが壊れていると伝え忘れてしまって、火傷をしてしまったんですよ」

「お姉ちゃん、大丈夫?痛く、ない?」
「大丈夫よ、お姉ちゃんは強いんだから。絵麻は安心して、もう寝なさい」

「でも、」
「絵麻、明日も学校でしょう?」


う、と眉を下げる絵麻にくすりと笑い私はおやすみと言う。おやすみお姉ちゃん、と絵麻はエレベーターに乗り、自室へと帰っていった。


「強がらないの」
「絵麻に、心配かけるわけにはいかないので」

「じゃあその分、俺達が心配してあげるよ、お姉ちゃん?」


椿の言葉に、かちんときたけれど梓が椿の頭をべし、と叩いてくれたのでよしとした。


「肩、痛いでしょう」
「…冷やしていただいたので、大分楽になりました」

「このまま、あと30分は冷やしてね、跡は残らないと思うけど痛みが長引くのも辛いと思うから」


雅臣さんの言葉に頷いて、私ははぁと溜息をつく。来たばかりであんなにはねつけたのに、たった数時間で捩伏せられるなんて…。美和さんの息子なだけあるなぁ、丸め込むのが得意とみた。


「ていうかさぁ、」
「服、着たほうがいいんじゃない?」

「え、あ、う、やぁぁぁぁあっ」


忘れていたが、私はタオルを1枚巻いただけの姿なのだった。要さんが持ってきてくれた服を着ようとしたけれど下着をはいてないのがきつい。そして茶色い水を被ったままだ。色々ときつい。


「あの…雅臣さ、兄さん」
「!…なにかな?」

「茶色い水を被ったので髪とか、身体洗いたいんですけど…」
「うーん、火傷してるからあまり許可はしたくないけど…仕方ないか」


雅臣さんの許可を得て、5階の風呂場で身体と髪を洗うことになった。

あぁ、少しだけ心が軽い気がする。


(兄弟だなんて)
(まだ認めたくは、ないけれど)



20130712

くっそ長い。



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