忘れられない夜ほの暗いマンションまでの帰り道。雅臣さんに手を引かれて、私は歩いた。
第8衝突
忘れられない夜
唇には熱が残ってる。
キスをしたのは、アイツと別れてからしていないから、もう3年ぶりだろうか。優しかった、暖かかった。胸が、どくりと五月蝿くなった。
繋がれた手は離れる気配なんてなくて、強く、きつく繋がれていて。いつも優しい雅臣さんを、さっきは怖いと感じた。どうして、あそこにいたのだろう。
「あの、雅臣さん」
「ん、なにかな」
「なんで、あそこに?」
問うと、最近変な男がサンライズ・レジデンスの周りをうろちょろしていたらしく、夜遅くに出ていった私を心配してくれたらしい。そしてうろちょろしていたのは、さっきのあの人だったようだ。…本当にストーカーだったなんて。
「君は女性なんだ、あまり夜遅くに一人で出掛けたりはしないようにね
さっきみたいなことがあったら、僕らも心配だから」
「…すみません」
無事でよかった、と安心したように笑った雅臣さんの顔が、頭から離れない。心配されたのは、本当に、久しぶりだったから。アイツみたいに、優しくて、アイツみたいに、怒ってくれる。
アイツを基準にするなんて失礼だけど、私はまだアイツのことを考えてしまうんだなぁ。
「君は、本当に」
「え、…雅、臣さん?」
「君からは、目が離せないよ
危なっかしくて、強がりで、抱え込む。まだ、一週間も経っていないのに、何故かわからないけど」
繋がれていた手をぐい、と引かれて。私はぎゅう、と抱きしめられていた。私よりも背が高いから、包まれるみたいで、暖かい。
「前にも言ったけど、美優さんは一人で頑張りすぎなんだ。
頼ることは恥ずかしくないんだよ、大事なことでもあるんだ
僕ら兄弟は皆、美優さんに、君達2人から頼られたいと思ってる」
なんでかなぁ、
雅臣さんは、私の欲しい言葉をくれる。辛くて、苦しくて、どうしようもない私の心を、癒してくれる。
声が、言葉が、優しくて。全てが、大丈夫だと言われているみたいで。
「わたし、ずっと絵麻を守らなきゃって思ってたんです。
パパは仕事でママは亡くなって、絵麻を守れるのは私しかいなかったから、バイトして、お金貯めて、絵麻の欲しいもの買ってあげて
あの子の笑顔が、私の幸せだったんです」
「うん」
「パパの再婚、嫌で嫌で仕方なくて、兄弟ができること、嫌で仕方なかった。
でも、ホッとしてるのも事実で。私がいなくても、絵麻が一人になることはないし、何かあれば助けてくれる
ここに来てまだ数日だけど、絵麻は楽しそうで、私は素直になれなくて」
絵麻のほうがよっぽど大人ですよね、と苦笑すると雅臣さんはそんなことないよ、と言った。ほら、また欲しい言葉をくれた。
「美優さんは、絵麻さんにとって素晴らしいお姉さんだよ。彼女も言ってたんだ、お姉ちゃんは私を一番に考えてくれるって
泣くのも、辛いのも、我慢しなくていいんだよ。充分頑張ってきたんだ、これからは自分のために生きていいんだよ」
君達2人は、僕らが守るから、と。この間と同じ言葉をくれる。あぁ泣きそうだ。なんで、わかってくれるのかな。医者だから?長男だから?うぅん、きっとこの人が優しい人だから。
「ふ…っ…うぁ…っ」
「いつでも泣いていいよ。僕は、ここにいるから」
雅臣さんはとんとん、と私の背中を優しく叩きながら、もう片方の手で私の頭を撫でる。
「あっれ、雅兄?
…って、美優?なんで泣いて…」
「っ、泣いてない!泣いてないんだから!」
「変わらないよねホント」
不意に話し掛けられて、びくりと身体が震える。声でわかった。振り返ってしまうと、言われた言葉にはたとして目元を擦る。あ、化粧してるのに。
「美優が泣くの、アイツの前だけだと思ってた」
「っ、」
「椿、やめなよ」
悪気は、ないのだろう。いちいち気にしていられなかったけど、私は何も言えなかった。だって、その通りだから。
アイツの前では泣けた。泣けと言われて頭を撫でられて、欲しい言葉ばかりくれて。私が悪いときは勿論怒ってくれたけど、優しくて、暖かくて。大好きで。
「美優さん?」
「、すみません。
雅臣さん、本当にありがとうございました。それじゃ、また明日
椿、梓も、明日ね」
「おやすみ」
「ゆっくり休むんだよ」
頭を下げてマンションに走った。すぐそこだから、もう大丈夫だと思ってくれたらしい、一人で行かせてくれて良かった。
エレベーターからおりて、部屋のカギを開けてバタバタと部屋に入る。
「…忘れたいのに、忘れられないよ」
大好きだった、うぅんまだ好きなアイツ。いま、なにしてるの、
私は、会いたいと思ってしまうけど、アイツは、そうじゃないんだろうな。
服を着替えて、私はぱたりとベッドに倒れ込む。今日も色々ありすぎた。そしてもうすぐ、パパと美和さんの結婚式だ。
そのときはちゃんと、おめでとうって、美和さんを母と呼ばなきゃ。よろしくって、伝えなきゃ、なのかなぁ。
もしアイツが、いまの私を見たら、きっと怒るんだろうな。お前は間違ってるって、はっきり言うと思う。…声、聞きたいなぁ、
携帯にはアイツと二人で撮った写メが残ってる。未練たらしく消せなくて、プリクラだって、メールだって、消せない。引きずりすぎなのわかってる。前に進まなきゃいけないのも。でも、あんな別れかたで、忘れられるはず、ないじゃないか。
「寝よ、」
20130719
こんな未練たらしいと、嫌だと思うのは当たり前ですよね(笑)
でも、本当に好きでたまらないと、辛くても忘れられないのは仕方ないのでしょうか。私はヒロインのような恋愛をしたことがないので、ほとんど想像でしかないのですが…(;ω;)
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