ぴたり、足が止まる。というか動かない。声は段々と近付いてきている。隠れなきゃ、逃げなきゃ。ていうか、嘘だよね、冗談、幻聴だよね?
「あーあ、あんな女のせいでボクらの記録がストップとかほんっと有り得ない!
どーするの瑛一、社長めちゃくちゃ怒るんじゃない?」
「さぁな…あの人の考えることはわからん。…が、あの女は目障りだ」
「ひゃー、瑛一こわーい。ていうかさっきの笑顔なに?ボク鳥肌たったよ!」
あはは、と笑う声がする。鳳さんも、全然違う、声も、話し方も。私も猫は被ってるし、やはりって言ったほうがいいと思うけど…。
「ねぇ、潰しちゃう?」
「…そうだな、初出演で失態晒して消えてもらおうと思ったが、存外肝は据わってるようだ」
「じゃあどうするの?」
「そうだな……っと、
おや、Shiyuさん」
「あ、ホントだーお疲れ様っ」
私は、偶然そこに居合わせたようにするしかなかった。演技にあまり自信はないけど、笑顔には自信がある。とりあえず、笑っておいた。
「お疲れ様です、これから楽屋に伺おうと思ってました」
「そうなの?じゃあ行こうよ!」
たたた、と走り寄ってきたナギは私の手を掴んで歩きだした。掴む力が、強い。後ろをついてくる2人をちらりと見ると、リハーサル前にみたあの、無表情で、私を見ていた。ぶるり、身体が震える。やっぱり、夢じゃなかった、か。
HE★VENSの楽屋についてナギに引かれて中に入る。ぎりぎりと握られていて、歯を食いしばった。
「ナギ、Shiyuさんの手を離せ。痛がってるぞ」
「え、あっごめーん!イライラしちゃってつい、Shiyuごめんね?」
くて、と首を傾ける。笑っているけれど、目は全く笑っていなかった。…この謝罪は嘘。全部計算。
そっか…この人達が、本番中に仕組んだんだ。私がオリコンで彼らに勝ったから。そうだよね、業界で新人ながら異例の人気を誇ってるレイジング事務所の看板。初登場1位が当たり前なのに、私みたいな新人に負けたなんて思いたくない、か。
「気にしないでいいよ、大丈夫だから」
「そう?よかったっ」
「ところでShiyuさん、本番中は災難でしたね。見事に歌いあげてましたが…」
「えぇ、大丈夫でしたよ。学園在籍時にライブがあったのですが、そういうことがあったので対処法はわかってますから」
あからさま、わざとらしい鳳さんの言葉に応戦する。ぴくり、彼の眉が動いたのを私は見逃さなかった。
「けどすごいね、ギターもかっこ良かったし、ボク大ファンになっちゃった」
「そう?人気アイドルのナギにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」
先ほどとは全く違う私の態度に、彼らはピクリと動く。知ってしまったんだ。卑劣な手を使う人に大して恭しい態度をとるなんて以っての外だ。
たとえ、それが業界トップの事務所の人だとしても。
「おや、どうかしましたか?」
「あぁ、人気の割にやることが卑劣だなぁと思いまして」
にっこり、見せたことのない笑みを向けると、さすがに鳳さんはイラついた様子で私を見る。眉間の皺がすごい。
「どういう、意味でしょう?」
「Shiyu、どういうことー?」
「先ほどの、たまたま聞いちゃったんです。貴方達の会話を」
「なんのこと?」
「潰します?私を」
「っ、だからどういう…」
「ナギ、いい」
「けど瑛一!」
む、と膨れるナギは今も演技を継続中らしい。声がワントーン下がった鳳さん。きらりと眼鏡が光ってその瞳は見えないけれど、口元は楽しそうに歪んでいた。
「いいねぇ、やはり思ったより肝が据わってるようだ
…気の強い女は嫌いじゃない」
「それはどうも」
「だが、邪魔だ。今すぐに消してやりたいが…そうだな
あぁ、そうだ」
「瑛一ー?」
「今日からお前は、HE★VENSだ」
本性見たり
(………は?)20130629
はいーなんか思ってたのと違う感じになってますうわぁぁああ…
こんなはずじゃ…!