動き始める何か



シャイニング事務所の看板タレントの一人である一条麗奈は、社長室にて頭を抱えていた。


「…大丈夫か、麗奈」
「大丈夫に見えるなら龍也眼科行ってきてよ…」


深い溜息をついて、普段ならこんな言葉も出てはこないのにと言いたいくらいに麗奈を悩ませていたのは社長の右腕でありケンカの王子様で有名な事務所の同期である龍也だ。
いつものように事務所に行き、いつものように用事を終えて寮まで帰ろうとしていたところを龍也に呼び出されて社長室まで来たのだが、部屋に入るなりいつものようにテンションが高いシャイニング早乙女は「ミス一条にも事務所運営の手伝いをしてもらいマース!」と言ってのけた。


「馬鹿じゃないの…アイドルして作曲して、後輩面倒見てさらに運営業務って…馬鹿じゃないの…!」
「実はお前がマスターコースを担当しなかったらもっと早くに言う予定だったんだが…」

「やらないよ、私の年齢考えてよ…それに仕事して作曲だけでも本来キツキツの生活送ってるんだから」


麗奈の意見は最もだと龍也も思っている。まだ23という若さで芸能界でも大手事務所の看板を背負い、自分そして後輩に曲を提供している。レギュラー番組は事務所でもトップクラスであり、曲を出せばチャートでは首位だ。彼女はまだまだ稼ぎ続けるだろうし成長もし続けるだろう。
それを経営も任すなど彼女の身体が持たないのは目に見えている。


「オッサン、俺もコイツには運営の仕事はまだ早いと思ってる」
「…なぜそう思うのデースカー?」
「コイツはまだ若い、それに作曲にアイドル、マスターコース。
ただでさえ忙しくて作曲の仕事も新たにきてるってのに…あまり悩ませるなよ」


ここで龍也から出た言葉に麗奈は目を見開く。新たに作曲の仕事とはなんだ、と。全く聞いていないのだ。


「ちょ、作曲増えたの?!」
「あ、あぁ…今度神宮寺が出るファッションショーのBGMにって頼まれてな」


聞けば、一曲だけでいいから急いでほしいと頼み込まれたらしい。正直、今私が抱えているのは、今度の創設記念ライブで3曲、ソロ曲で2曲、林檎の曲で2曲。記念ライブ用にと蘭丸に1曲だ。この一ヶ月で仕上げなければならない。自分の曲は前から作りためていたし好みの曲調ばかりだから手直しをすればすぐに完成するが、つい先日会ってやっと話しをした林檎と、まだそこまで話しをしていない蘭丸。違う曲については話したけれど記念ライブの曲とは別物だ。


「何分くらい?」
「そうだな…5、6分てところだろ」
「…断れないんでしょ?」
「お前以外考えられないって言われちゃあな」

「……わかった。期限は?」
「来週末。2週間弱しかないが…」


やるよ、と言えば龍也はほっとした。が、申し訳ないと思うのも確かだった。
ここのところ、シャイニング早乙女は麗奈に回す仕事の量が今までの倍近くになっていた。

バラエティ、ドラマ、CM、イベント、ライブ。一曲のみ出演というのが多いが、練習やリハーサルに時間が取られるのも確かだ。なぜこんなに彼女に仕事を回すのか、龍也は理解できなかった。


「…運営の話しは、すみません社長、お断りします。
命令に背いた、ということでクビにするならして構いません

でも、私今の仕事が、このスタイルが好きだから」

「…少し、焦りすぎたようだな」
「シャイニー?」
「…ミス一条、これからもバーリバリ作曲しちゃってチョーダイ!」


声が低くなり、いつものように弾けた話し方じゃなくなったシャイニング早乙女を不思議に思うも、新たにきた仕事をするべく社長室を後にする。


「じゃあ龍也、出来たら連絡するね」
「あまり無理するなよ」


ありがとう、と礼を言うと今度こそ麗奈は社長室を後にした。



「…おいオッサン」
「恋愛禁止、忘れたわけじゃないだろう」

「知ってたのか」


恋愛禁止、シャイニング事務所の掟でもある其れは、マスターコースにいるST☆RISH、QUARTET★NIGHT、そして龍也や林檎も頭を悩ませていた。


「一条が誰を選ぶかは知らん。…が、お前達もそれなりに覚悟しておけ」


麗奈が退室した社長室には、シャイニング早乙女の重い一言だけが響いていた。


動き始める何か


(…あたまいたい)


20130912
シャイニング早乙女の口調がわからない