「うーん…入ってないね」
「…すみません」
「まだ時間はあるけど、厳しそう?」
「大丈夫です、本番までには」
ならいいんだけど、と一息ついて隣にいる真斗くんを見つめる。今は、彼が受けるオーディションの演技指導をしている最中だ。彼は真面目だから、どうしても抱きしめるという行為に抵抗があるようで。…まぁ、その気持ちがわからないわけじゃないから、強くは言えないわけで。
「君なら、大丈夫」
「…麗奈、さん」
「実を言うとね、私も初めて抱きしめられるシーンはめちゃくちゃNG出してたの」
言うと、意外だとでも言うように目を見開く真斗くん。くすりと笑って当時を思い出すようにその場に腰を下ろし口を開いた。
「初めてのラブシーンは龍也とだったんだけど、抱きしめるとかそういうの、好きな人じゃないと嫌だーって思ってた」
アイドルになる条件で退学を免れてそんなに日も経ってなかったしね、と言うと真斗くんは興味深げに隣に腰を下ろす。
「アイドルになるつもり、全くなかった私は、恋愛物なんて無理!って思ってたし、やるつもりもなかったんだけど、」
シャイニーには、お世話になったし、林檎も龍也も頑張れって言ってくれたし…それに、
「うたプリアワードのノミネートがかかってたから」
「、麗奈さん達もうたプリアワードに?」
「うん、私達は受賞した。受賞して1年足らずで解散したけどね」
くすり、笑う。懐かしい、あの頃が…といってもそんなに年数は経っていないけど。
「まだ、恋なんて立派な想いを抱いたことはないけど、
家族にアドバイスもらったの」
「アドバイス?」
「そう。
演技をしているときだけでもいいから…その人に全力で恋をしろ、愛おしくて愛おしくて仕方ない、私はこの人が見えないってくらいに好きになれって」
まだ、難しいけどねと笑ってみせると、真斗くんは弾かれたように私をみた。
「今度のオーディションのときだけ、私を好きになってくれる?
…私も、君しか見えないってくらいに、真斗くんを好きになるから」
なんか、改めて言うの恥ずかしいねと笑えば、真斗くんは顔を真っ赤にして私を見ていた。うん、やっぱり恥ずかしいや。
けど、これが一番効果的。私も、そう思い込んだらこんなに簡単なのかってくらいに演技をできたから。
「…わかりました」
「ふふ、難しいと思うけど、ね」
「ただ、」
「…ただ?」
真斗くんの顔を覗き込んで問えば、彼はさらに顔を赤くして顔を背けた。
役でだけなんて
(真斗くんの言葉に、)
(私の顔が真っ赤に染まった)
20130609
まーさまのターン再来!