隣を歩く蘭丸は、私の歩幅に合わせてくれている。こうした何気ない優しさが、蘭丸のいいところのひとつである。
「あ、サビなんだけどね、ラスサビちょっとだけ変えたから」
「は?」
「音、さらにあげちゃった」
えへ、と笑うと蘭丸は眉を寄せて自分で持っていた楽譜に目を向けた。ここの音をあげたの、と其の楽譜を覗き込んで指さすと、蘭丸はぴたりと止まった。
「蘭丸?」
「…なんでもねぇよ」
「そう?
あ、あとコーラスなんだけど」
蘭丸は、麗奈が楽譜を覗き込んだ際にふわりと香った髪の匂いにくらりとした。今までより、麗奈に惹かれているのだ。
マスターコースで、同じユニットの嶺二を始め残りの2人も麗奈に好意を持っている。そして自分の後輩になったST☆RISHの数人も、麗奈に好意を持っているだろう。
初めて会ったときの憧れや尊敬の目ではなくなった。元々トキヤは自分達と同じ目をしていたから警戒してはいたが、この間のドラマ撮影で濡れ場があったと聞いたときは、思わず殴ってしまいたくなったものだ。
林檎に至っては麗奈と同期であり一番親しいと言っても過言ではない。自分よりも長い時を共に過ごし、苦楽を共にしているのだ。
けれど、負けるわけにはいかない、譲る気なんてない。
「……る、蘭丸?」
「、!」
「ボーッとしてどうしたの?体調悪いなら練習明日でもいいよ?」
いや、と言った蘭丸は麗奈を見下ろす。必然的に上目で不安げに蘭丸を見上げた麗奈に、どくんとらしくもなく心臓が鳴った。
「お前、今晩暇か」
「え、うん予定はないよ」
「…じゃあ、付き合え」
「どこに?」
今日はライブらしい。行く!と飛びつくように言えば蘭丸は驚いたように目を見開いた後、ふ、と柔らかい笑みを浮かべた。
「特等席で見せてやるよ」
「…いいの?」
あぁ、と頷いた蘭丸にありがとうと笑うと、蘭丸は優しく、それは優しく頭を撫でてきた。
「うん、だいたいこんな感じね」
「ここのパート、もう少し声出したほうがいいか」
「うーん、今のままでも充分だけど、厚みだしたいから、ハモりもう1パターンほしいかも」
打ち合わせが終わり、蘭丸はライブのリハーサルに向かうということで持ってきていたベースを取り出した。
「いいなぁ、私もベース弾きたい」
「てめぇには無理だろ」
「む、ひどい!」
「お前はギターがお似合いだろ」
「まぁ、ギターのほうが弾きやすいけどさ。ベースだと私一人で走っちゃう」
だからお前にゃベースは無理だろ、と笑う蘭丸に少しだけ胸が暖かくなった。今日は、よく笑うんだなぁ、なんて。
「いいないいな…ねぇ蘭丸、私もライブ出たい!」
「…はぁ?」
「この間の曲でしょ?私ギターなら弾けるし、あれはボーカル2人のほうが栄えるし!ハモりあるし!」
ね、ね?と蘭丸の手を握って頼み込む。たじろいだ蘭丸に、これはもう一押しだ!と俯いて小さくニヤリと笑い、ばっと顔を上げて蘭丸を見つめる。
「この間、蘭丸がくれって言ってた曲、あげるから!」
「よし出ろ」
即答した蘭丸に、よし!と心でガッツポーズ。元々蘭丸用に作っていた、まだ未発表の曲だから仕事とは関係なしにあげたってことにすればいい。私だって仕事じゃなく趣味で作るときもあるのだ。
「あ、名義は変えといてね」
「いつものでいいんだろ」
いつも、蘭丸に提供するときは名前を男っぽくしている。私だとバレだら色々と面倒だから。
「出るならヅラ用意しろよ」
「ヅラじゃなくてウィッグ!」
どっちでもいい、とでも言いたげに蘭丸は私を見た。真っ黒に金メッシュの入ったウィッグは、前に蘭丸がくれたものだ。
毎回、声でバレているけど、とりあえずは変装。ライブに来た子には内緒にしてもらっている。まぁシャイニーには全部バレてるんだろうけど。
「ライブ楽しみだなぁ…お客さんと距離が近いのっていいよね!」
言うと蘭丸は肯定するように頷いた。そして、蘭丸はライブに音也達を呼んだらしい。ギターをやっている音也は蘭丸の音に魅せられたらしくロックも好きらしい音也に来たいなら来いと言ったようだ。何人か来るらしく、勉強にもなるだろうということだ。
ちゃんと考えているんだなぁ、と思った。やっぱり、蘭丸は優しい。
打ち合わせ終了
20130521
長い…