那月くんは私をぎゅっと抱きしめながら、いい匂いですねと呟いた。耳元で聞こえる声は吐息まじりで、くすぐったい。
「那月くん」
「なんでしょう、麗奈さん」
「さん、付けなくてもいいよ」
「でも…、」
「いいの、後輩だから敬語にしなきゃダメとか、呼び捨てはダメとか…なんかバカバカしくなっちゃって」
苦笑いして言えば、那月くんは嬉しそうにまた笑う。彼の笑顔は、暖かくて、癒される。
「じゃあ麗奈ちゃんも、ボクのこと呼び捨てしてください」
「…那月?」
「はい、」
顔を見合わせて、笑った。那月と、寮の敷地の広い原っぱまで歩き、草の上に寝転がる。今日は、星が綺麗。
「那月、今度一緒にぴよちゃんグッズ買いにいこうよ」
「いいですね、二人で沢山買いましょう!」
「じゃ、オフの日教えてね?」
はい、と那月は答えて、私をじっと見つめてきた。那月も、他の子達と同様に整った顔してるから、少し緊張する。
「いいですか?」
「うん?」
「ボクも、麗奈ちゃんを好きになって」
え、と数回瞬きする。今、なんて?
「あの、」
「翔ちゃんも、他の人達も、皆…みんな麗奈ちゃんが好きで、ボクも、麗奈ちゃんが好きだから」
「え、?」
「振り向いてもらえるように、ボク頑張りますから!」
というか、これじゃ好きになってもいいか聞くのおかしいですよね、とお茶目に笑う那月を見ているしかできなかった。
そろそろ帰りましょう、と那月が立ち上がり手を出してくれたので有り難くその手に掴まり私も立ち上がる。ふにゃりと笑う那月に少しだけ胸が苦しくなった。
真っ直ぐな、純粋な好意。嫌なはずがなくて、むしろ嬉しい。それは、恋ではない、けれど。
那月と別れて、部屋に戻ろうと歩いていたら携帯が着信を知らせる。画面を見れば林檎の名前が表示されていて、指をスライドさせて通話開始になり耳元に電話を持っていくと、少し掠れた声が、聞こえた。
「もしもし、林檎?」
「麗奈、」
「え、ちょ、どうしたの?」
「ふふ、風邪…ひいたみたい」
熱は?と問えば、38度あるらしく、明日は仕事を休むそうな。けほけほと咳込む林檎に薬を飲んだか聞けば、今切らしているようでまだ飲んでいないという。
「…今から、行くから」
「駄目、それは駄目よ」
「薬飲まなきゃ、治らないでしょ?」
「けど、私は男なのよ?」
けほ、と苦しそうな林檎に「私に来るなと言うのなら、何故私に連絡したの?」と問う。すると、低い声が、鼓膜を揺らした。
「麗奈の、麗奈の声が、聞きたかったんだ」
「林檎…」
「だからもう満足した。これから龍也に電話してきてもらうから、大丈夫だよ」
だからゆっくり休んで、と言われたけれど、林檎が心配。辛いはずなのに。
「…駄目、やっぱり私が行くから龍也に電話しなくていいよ」
「でも、」
「心配なの、林檎が。…お粥作りに行くから、待ってて」
わかった、と溜息をつきながら言った林檎に、着いたら連絡するねと言ってから電話を切った。
さて、部屋に帰って荷物を準備して、急いで向かわなきゃ。
心配なんだよ、
(果物、お米、玉子に…)
20130513
なっちゃんのターン!
そして次回は林檎のターン!