ペットボトル罠





「麗奈さんも、出るんだったよな、ケンカの王子様」
「うん、翔くんとも龍也とも絡むよ」


笑ったお詫びに敬語じゃなくていいよ、と言えば翔くんは吃りながらわかった、と言った。今は練習を中断して休憩中である。お茶を飲みながら色々と話した。

翔くんのこと、学園でのこと、活動についてのこと。見た目は可愛いけれど、考えはしっかりしていて男らしい。可愛い、と彼に言っていたのが申し訳ない。


「最近、疲れてるのか?」
「え、なんで?」

「さっき入ってきたとき、なんか元気なかったし…」
「あぁ、色々、あってね」


苦笑しながら言うと、翔くんはポン、と私の頭に手を置いて「溜め込むなよ、そういうのは誰かに相談したほうがいいし」と笑った。


「ありがと、もし耐え切れなくなったら…その時聴いてくれる?」
「ん、オレでいいならいつでも聞く」


優しい翔くんに、心が少しだけ軽くなった気がした。


「よっし、じゃあ練習再開しよっか」


今日の練習で、翔くんの演技力は格段に上がった。初めは少し照れがあったようだけど、今はそれもなく完璧に役に入ってる。大丈夫、いける。








「うん、いいね
じゃ今日はこれでおしまいにしよ…………あれ、」

「麗奈!」
「ひゃっ、」


いつの間に倒れたのだろうペットボトルを踏んでしまい後ろに倒れそうに身体を傾けた。ぎゅっと目を閉じて痛みを待っても背中に痛みはこなくて、腕を引かれた感覚で、体制が変わったんだと悟る。少し、痛みはあるけれど、けれど、暖かい


「……翔、くん」
「ってぇ……麗奈、大丈夫か?」

「う、うん…あり、がと」


目を開けると翔くんのドアップ。綺麗な顔が目の前にあって、どくんと胸が鳴った。翔くんに腕を引かれて、そのまま抱きしめられ彼が勢いのあまりそのまま床に倒れ込んだようだ。私に衝撃が少ないのは、彼が床に身体を打ちつけたからで。そして私は今、彼に馬乗りで。


「っ、私より翔くんは、翔くんは平気?怪我とか、してない?足とか、手とか」
「大丈夫だよ、背中打っただけだって」

「頭打ってない?本当に平気?」


大丈夫だよ、と笑う翔くんにホッとして翔くんの上から退けて隣に座る。
翔くんは立ち上がって「ほら、ピンピンしてるぜ!」と白い歯を見せて笑った。のだが、


「うぉっ、わわ…!」
「ちょ、翔く…っ」


翔くんも、ペットボトルを踏み付けて、私のほうに倒れ込んできた。それを回避することをできる瞬発力もない私は、そのまま翔くんに押し倒される形で、頭をごつりと床に打つ。と、同時に、胸に、違和感。


「…悪い、大丈夫、か?」
「ん、へいき…なんだ、けど、」


違和感の正体は、翔くんの手だった。私の胸を鷲掴むように倒れ込んできていて、痛かったようだ。


「ご、ごめん翔くん、あの…」
「え?」
「む、胸から…手、離してもらって、いい…かな」

「?!」


刹那、林檎のように顔を真っ赤に染めた翔くんは勢いよく身体と手を離して立ち上がった。


「っ、ごめん、オレ…!わざとじゃ、」
「わ、わかってるよ、大丈夫だから」


うわぁ…やばいオレ、本当ごめん!と声を震わせて謝る翔くんに大丈夫だから、大丈夫だからと宥めると5分程してやっと落ち着いてくれた。


「じゃ、じゃあ…解散、しよっか」
「あ、あぁ…そう、するか」


お互い、顔が見れなくて俯く。不慮の事故だから、大丈夫なんだけど、誰にも触られたことがなかったから、動悸が激しい。どくどくと心臓は早くて、早くて。


「じゃ、じゃあ、また明日現場で…」
「う、うん、明日ね」


お互い真っ赤な顔のまま、練習室から出て、別れた。翔くんはダッシュで走りさり、私は、鳴りやまない心臓をおさめようと、そのままズルズルと床に座りこんだ。



翔くんも、少し離れた場所で、壁を背に座り込み、私の胸を触った手を見ていながら反対の手で胸を押さえていたなんて私は知らない。



「…麗奈の、胸、柔らかかった、」


ペットボトル罠



(鳴りやめ心臓…!)



20130508