バニラの香り。




服を着替えて、元々貰っていた台本とシャープペンを持ち部屋を出る。と、扉の隣に寄り掛かっている蒼と翠が綺麗に混ざった色の髪の持ち主、藍がいた。


「藍?」
「…レイジのところの子に聞いたけど、キスしたんだってね」

「え?あ、うん、役でね」


すっと壁から離れて私の目の前に来ると、身長差から藍は私を見下ろすと頬を撫でた。


「あ、い…?」
「どんな風にされたの?」

「…え、」

「優しく、ただ触れるだけ?…舌もいれられて、食べられるみたいに?」


親指で私の唇をなぞると、ゆっくりと顔を近付けてきた。やばい、やばい、やばい。


「っ…!」


ぎゅ、と目を閉じると、ちゅっと音。それは頬にされたキスの音。ゆっくりと目を開けると、藍が機嫌悪そうな顔をしていた。


「仕事でも、ボクは見たくない。キミが、麗奈が他の男とキスしているところなんて」


それだけ、と藍は私から離れて自分の部屋に戻っていった。なんで、不機嫌だったんだろう。

龍也に、隙を見せるなって言われてるのに。見せてるつもりなんてないのに。どうして、こうなるんだろう。もっと、もっと気を張らなきゃダメだ。私、頑張らなきゃ。


「翔くんのとこ、行こ」


翔くんが待つ練習室へ向かう途中、後ろから名前を呼ばれた。振り向くと、そこには綺麗な赤。


「音也、」
「おはよ、どこ行くの?」

「翔くんの演技指導だよー」


あ、ケンカの王子様の?とパァ、と顔が明るくなる音也にそうだよ、と言えば、俺も行きたい、と手を捕まれた。


「オレも、麗奈ちゃんの指導受けたい!駄目?」

「……仕方ないなぁ、いいよ」


やりぃ!と嬉しそうに笑う音也にくすりと笑うと、「なんで笑うんだよぉ」と唇を尖らせて少し拗ねている様子。なんだか可愛くてまた笑ってしまった。


「もう麗奈!」
「ふふ、だって音也可愛いんだもん」

「男に可愛いは禁句なんだぞー!」
「きゃー、音也に襲われるーっ」


麗奈棒読み!と音也は笑いながら、私を追いかける。疲れるし、勝てると思っていないのでゆるゆると走っていると、腕を捕まれて、よろけた。


「わっ、」
「…へへ、捕まえた」


ぎゅう、と後ろから抱きしめられた。可愛い可愛いと思っていた、けど。背は高いし、男の子じゃない、男の人、だ。


「あ、麗奈いい匂いする」
「ちょ、くすぐった…」
「バニラの匂いかなぁ、甘い…」

「んっ、や…っ」
「可愛いのは俺じゃなくて麗奈だよ」


首筋に顔が近付いて、音也はすんすん、と匂いを嗅いでいる様子。甘い、と言われて、首筋に唇を落とされる。ぺろり、舌が首に這う。びくりと身体が揺れた。


「音也、も、はなして…」
「あはは、ごめんごめん。麗奈が可愛かったから、つい」


えへへ、と音也は悪びれなく笑って身体を離した。


「おーとーくーん?」
「へ?」


可愛らしい声が、後ろから聞こえた。



バニラの香り。



(この声、まさか)



20130505

2人いっぺんはいけないな!(←)
逆ハー連載だけど、なんかこの子、突然こんな風に男にベタベタというか言い寄られたらおかしいよなぁ、と思いつつ打ってます。

早く翔くんのとこいけよ!笑