抱擁そして抱擁




真剣な顔をしていた嶺二から、目が離せなくて。先ほどのように、ゆっくりと近付いてくる嶺二の顔に思わず目を閉じた。


pipipipipipi、


「…はいはいれいちゃんだよーんっ
あ、アイアイどしたの?

うん、うん、わかった了解。じゃあ今から行くねー」


パッと離れて電話している嶺二は、コロリと顔も声も変わる。さすがアイドルである。ホッと息をついて楽譜を片付けてファイルに入れていると、嶺二は電話を終えたようで「そろそろいこっか」といつものように笑った。







嶺二は藍達のところに行くと言い出したので途中で別れて廊下を歩いていた。前方にはST☆RISHと春歌、そして…妙に春歌と距離が近いセシルくんの姿。



「騒々しいぞ、愚民共。
マスターコースで愛を囁くとは…この愚か者めが!」


不意に声が聞こえて、冷たい風が吹く。言っておくが此処は室内である。

みんな「なんだぁ?!」と強風に目を閉じる。階段の上には謎のポーズをとり、ライトを浴びている男性。(なんでもあるなぁ、此処…)


「俺は、永久凍土の国、シルクパレスの伯爵!


女王に仕える、騎士!」



人外と言われるくらい、体操選手かと思われるくらいの大ジャンプをし、スケートしているかのように床を滑り、再び謎のポーズをして彼らの前に行く。


「誇り高きアイドル、カミュだ」


無駄にアイドルオーラを出している。というか、彼はこんなお笑い要員の人だったろうか?なんだか色々と崩壊している気がするのだが、気のせいではないだろう。


貴様が愛島か、とセシルを見遣り、皆きょとんとしている中、翔くんが「王子の次は伯爵かよ」とぼそり、呟いた。


途中、カミュはセシルくんに「俺を敬い(以下略」と言っていたが、少し引っ掛かる。…私を敬おうよカミュ。ていうかセシルくんも即答で「イヤです」と片言で言う。なにこの二人面倒くさそう。


「人に言う前に、まず自分からでしょ?カミュくん」
「、麗奈か」

「…セシルくん、マスターコースにようこそ。イヤって即答するのはいいんだけど…なんのために事務所入ったのか聞いていい?」
「麗奈!」


にこり、よそ行きの笑みを浮かべると、セシルは私の名前を呼んだ後、春歌の曲を歌いたいのだと言った。ミューズに選ばれし、春歌の曲を。

春歌の曲を歌いたいのならばアイドルの基礎を身につけろ。素人のお前にはそれは不可能だ、と言いきったカミュにセシルくんは不快そうに顔を歪める。厳しい言葉ではあるが、その通りだ。

外に出ると、広い庭には丸く切られた大きく平仮名が書かれた、見たことのない大きな物。聞けば、シャイニー特製のアイドル育成かるただと言う。
売り言葉に買い言葉の応酬。セシルくんもST☆RISHもやる気を出して勝負することが決まる。

ちらちらと私を見るセシルくんににっこりと笑いかけると、彼は私の元に走り出して、ぎゅう、と優しく抱きしめてきた。


「え、セシルくん?」
「麗奈…麗奈…!」
「ちょ、どしたの…?」

「また、こうして抱きしめたかった」


言うと、セシルくんは先ほどよりもきつく抱きしめてきて、慌てるだけの私。



「ちょっと待ったぁぁあああ!」



嶺二の声が聞こえたと思ったら、私は思い切り引っ張られて体勢を崩す。最近こんなこと多い気がする。


「隙見せんなっつっただろうが」
「蘭丸、」


ぽす、と蘭丸の胸にダイブした。


抱擁そして抱擁



(…マスターコース)
(担当するって言わなきゃ)
(よかったかも…)



20130429