音也が練習に向かってから2時間くらいした頃だろうか、時刻は10時を過ぎていて、嶺二が練習室に顔を出した。
「麗奈ちゃーん」
「わっ、…びっくりした」
「あはは、ごめんごめん」
「どうしたの?」
カミュがマスターコースを担当する王子様が到着したらしく、とりあえず責任者として会いに行ったら?と提案された。うん、確かに行かなきゃ駄目かなぁ。でももう少しで終わるんだよなぁ。
「んー、とりあえずまだいいや」
「いいの?」
「もう少しで一段落するし、どっちにしても会えるしね」
今じゃなくてもいい、と言うと、じゃあ僕ちんは見てようかな、と椅子をピアノの近くに持ってきて座った。
「今はアイアイの曲?」
「そうだよ、これできたらあとはカミュの曲とペアの曲作って完成かな」
もしかしたら曲数増えるかもしれないけど、と言うと嶺二は早く聞きたいなと笑った。嶺二と二人きりになるのは、この間の抱きしめられた日以来初めてで、少し緊張している自分がいる。
「…ねぇ麗奈」
嶺二は、真面目な話をするとき私を呼び捨てにする。長いことそうだったからわかってはいるけど、あの一件から、少しだけ怖いと思ってしまう私がいた。
「昨日、本当に何もあれてない?」
「…されてないよ」
「じゃあ、なんで月宮林檎に抱きしめられてたの?」
「嶺二、先輩をそういう呼び方するのやめて」
「…いいから、答えて」
空気が、ピリピリとしている。嶺二は真面目な顔で、いつものおちゃらけ、というか柔らかい雰囲気とか真逆で、目が、怖い。
「私が立てなくて、立ち上がらせてもらったら足がもつれただけよ、」
「…好きなの?」
「当たり前でしょ、同期なんだから」
「そうじゃなくて、異性として好きなの?恋愛対象で」
「…意味がわかんないよ」
林檎のことは好きだ。恋愛感情とか関係なく。それは龍也にも言えることで、嶺二や蘭丸達にも言える。嶺二はがたんと椅子を立って、ピアノに向かって座っている私を見下ろした。
「僕も、遠慮しなくていい?」
「…なにを、?」
「あの人が何を言ったのか知らないけど、渡したくないんだ」
顎を捕まれて上を向かされる。ぱち、と目が合う。嶺二は笑っているけど、目は笑っていなかった。す、と顔が近付いて思わず目を閉じると、唇のすぐ横に何かが押し付けられる。
すぐに離れた其れは嶺二の唇で。一気に顔に熱が集まって、口をぱくぱくと開閉させていると、嶺二は耳元に顔を寄せて、いつもより低い声で、言った。
「本気出してくから、覚悟してて」
ゆっくりと離れた嶺二の顔は、まだ真剣な顔で、私は頷くしかできなかった。
渡さない、絶対
(初めてみた気がする)
20130428
嶺二のターン(2回目)