呼び捨てでいい




部屋に帰ってきたのは深夜1時を過ぎていて、扉を開けると「ひゃっ」と小さな声が聞こえた。


「ごめん、起こしちゃった?」
「い、いえ…麗奈さんのせいではなくて、あの…」


ぱち、と電気をつけると、春歌の顔は赤く染まっていて熱でもあるのでは、と額に手をあててみたが熱はないようだった。あの、と遠慮がちに口を開いた春歌は、ぽつりぽつりと話し出した。


「…褐色の肌の、黒髪の男の子?」
「はい、学園にいるときも夢でお会いして…あの、」
「夢?」
「あ、あの…えっと」

「ふふ、大丈夫信じるよ。
そっか…でも会えるってその人は言ってたんでしょ?」
「はい、」


じゃあ会えるよ、と笑ってみせれば、春歌はホッと息をついて笑った。


「よし、じゃあ寝よっか」
「はいっ」
「っと、私化粧落としたりしなきゃ」

「私、先にお布団はいりますね」
「五月蝿かったらごめんね」


大丈夫です、とへにゃりと笑った春歌の頭を撫でて、私は洗面所で顔を洗い、肌の手入れをしてからベッドに潜った。


「(春歌が言ってた子、セシルくんと同じだなぁ…)」


次第に瞼が落ちてきて、私は逆らうことなく目を閉じ、夢の世界へ旅立った。














朝、まだ春歌が寝ている時間に私は一足早く起きて五線譜と筆記用具の準備をしていた。今日は藍とカミュのどちらかの曲を作ろうと思っていたからで、夢の中で浮かんだメロディを急いでメモし、練習室で一度弾いてみようと思ったからだ。
春歌には練習室にいるとメモに書いておいたので何かあれば来るだろう。


2時前に寝て、現時刻は6時前。あまり寝ていないけれど目が覚めたのだから仕方ない。メロディが浮かんで少し気分が高揚している。このままいけば今日中にはそれなりに形になるだろう。


「これは、藍の曲だなぁ」


ピアノの弾きながら少しずつ修正をしていく。一気にばっと書き出して、一度弾いてから修正するというスタイルは昔から変わらない。歌う人を考えながら、きっとこういう風に歌ってくれるだろうと思いながら弾くから、色々と広がっていく。

あぁ、そういえば林檎の曲も自分の曲も作るのか。カミュの曲も出来上がったら一度林檎に相談してみよう。




「…あれ、麗奈さん?」
「、音也くん」
「ピアノの音が聞こえたから、つい」

「あぁいいの、気にしないで?」


七海かと思って、と頬をかいた音也くんを、素直だなぁと思った。ぱたぱたとピアノに近付いた音也くんはにっこりと笑って、さっきの曲すごく好きですと言ってくれた。


「ありがと」
「聞いたことない曲だったけど、新曲ですか?」
「そうだよ、QUARTETのアルバムにいれるの」

「わ、すごいなぁ…!」


俺も早く色々な曲歌いたいや、と屈託なく笑うので、思わずくすりと笑った。


「麗奈さん?」
「ごめ、音也くんは歌がほんとに好きなんだなって思って」


口元を押さえて笑いながら言うと、音也くんはきょと、と目を丸くしたあとにまた笑った。


「うん、俺歌が大好きだよ」
「そっか、私も歌が好きだよ」
「好きじゃないと、こんなにいい曲は作れないと思う!」


素直に感情を表現できる音也くんはすごいと思う。好きなものは好きだと言えるのも素晴らしいことだし、羨ましい。


「いいなぁ、れいちゃん達」
「なんで?」

「俺、七海の曲すごく好きだし七海の曲を歌いたいって思うけど、さっきの曲とか、初日にれいちゃん達が歌ってた曲を聞いてたら、麗奈さんの曲も歌いたいって思ったんだ」


こんなにストレートにいわれることは少ないから、嬉しさと恥ずかしさが混ざる。こんな風に言ってもらえると、作りたくなっちゃうんだよなぁ。


「いつか、一緒にお仕事しよう。その時、私が君に曲をあげるよ」
「ほんとうに?!」

「うん、音也くんに、音也くんだけの曲を提供する」


嬉しいなぁ…と、本当に嬉しそうに笑うものだから、私まで嬉しくなって一緒になって笑った。


「さっきのは、誰の曲?」
「藍のだよ、カミュはもうちょっと低めの曲のほうが声を活かせるから」


音也くんと話していると、ぽんぽん会話が弾んで楽しい。ここ、もうちょっと高いほうが好きだなぁ、とか普通に言ってくれるから彼が言ったように弾いてみせると、音也くんはさらに笑みを深めて「うん、好き」と言った。


「…あ、」
「ん、なに?」
「そういえば俺、麗奈さんは年上で先輩なのに敬語使ってなかった…」


ごめんなさい、と突然しゅんとして眉を下げたので、なんだか可愛くて頭を撫でた。


「私も忘れてたくらいだからいいよ、気にしないで」
「でも、先輩に、」
「いいの。なんか音也くんは事務所の後輩だけど、友達みたいな感覚で話してたもん」


言うと、音也くんは目を輝かせて嬉しい、ありがとう!と微笑んだ。


「だから、皆がいなければ敬語じゃなくてもいいよ。さん付けもしなくていいし」
「え、いや…それは、」


わたわたと慌てて首を振る音也くんは、あ、と思いついたように声を上げて「麗奈ちゃん、って呼んでもいい?」と笑った。


「いいよ、それで」
「じゃあ俺のこと、音也って呼び捨てしてね!」

「ふふ、わかった、音也」


うん、とまた笑った音也は、これからST☆RISHで朝練があるらしく、またね!と部屋を出ていった。



呼び捨てでいい



(彼と話してると)
(敬語じゃなくても違和感ない)
(っていうか、話しやすいから)
(気にもならなかった)



20130428

長い…!