逃げているだけ



走る、走る。
蘭丸にキスされた唇を拭って、流れる涙もごしごしと拭った。


「はぁ…っは、…はぁ」

「…麗奈ちゃん?」
「っ、れい、じ」


廊下を駆けていると嶺二が私を見つけて、泣いている私を心配してかオロオロとしている。


「どうしたの?そんなに泣いて…」
「っ、放っておいて」
「麗奈ちゃん」

「やだ、やめて、もう、私のこと放っておいてよ!」


頭の中がぐちゃぐちゃだ。視界は涙でぐちゃぐちゃだし、嶺二は手を離してくれないし、蘭丸にはキス散々だ。やだ、やだやだやだやだ。


「放っておけるはず、ないでしょ」
「いいから、もう関わらないで、お願いだから…っ」


真っ直ぐな気持ちが怖い。私はその気持ちから逃げているだけなんだから、ごめん、ごめんなさい。あぁほらまた、私だけが傷付いてるとか勘違いしてる自分。馬鹿みたい、


「ごめん嶺二、今だけでいいから放っておいて」
「…麗奈ちゃん」

「いま頭の中ぐっちゃなの…だから、」
「わかったよ、けど寮帰ったら聞くからね?」


話せることじゃない、と言えば嶺二は悲しげに「そっか」と笑った。ちくり、胸が痛む。


「ごめんね」
「なんで謝るの?」

「…当たった」
「いいよ、気にしない気にしない」


次はにっこりと優しく笑った嶺二は私の頭を撫でて、じゃあまた寮でねと廊下を歩いていった。こういうとき、嶺二は大人だと思う。気持ちを汲んでくれる、その優しさに何度救われたか。





寮に帰るとベッドに倒れ込む。駄目だなぁ、私。変に弱っちゃってる。盛大な溜息と同時にがちゃ、と扉が開いて春歌が顔を出した。


「麗奈さん、おかえりなさいっ」
「ただいま、春歌」

「、どうか…なさったんですか?」


ずず、と鼻を啜る音が部屋に響いて、春歌は眉を下げながらティッシュを手渡してくれる。受け取って鼻をかみ、春歌と向き合う。


「麗奈さん元気ない、ですよね」
「春歌、」
「最近は思い詰めた顔をよくなさるから、友ちゃんと、心配してて…」

「…大丈夫」
「でもっ、麗奈さんの顔はそうは言ってません…!」

「はる、」
「抱え込まないでください、私に教えてください、麗奈さんの悩み、私に共有させてください…!」


泣きそうになりながら言う春歌に、涙腺が緩む。あぁ、なんていい子なんだろう。人のために涙を流せるこの子は、素敵だ。



「…社長が、そうおっしゃったんですか?」
「そう。彼らをクビにするって」

「どうして…」
「それが、この事務所のルールだから」


くしゃりと顔を歪めた春歌。ごめんね、話すべきじゃなかった。


「麗奈さんの、麗奈さんの気持ちは、皆さんの気持ちはどうなるんですか…?
こんなの、悲しすぎます…!」

「私ね、皆に告白されて、揺れたんだ。皆それぞれ良いところがあって、そして私を好いてくれるのが嬉しかった

恋愛禁止を、破ってもいいかなぁって、そう思うくらい」


誰と、ってわけじゃない。まだ完璧に男の人として好きだと思った人はいないから、不確かな感情であるけれど。でも、この人とならって思えたとき、破ってもいいと、思えたとき、私からちゃんと言おうと思っては、いたの。

でも、やっぱり社長は絶対で、ルールは守るためにあって。皆を、守りたいから。


「我が儘だって、わかってるし、狡いのも十分承知してる」
「麗奈さんは、それでいいんですか?」

「…仕方ないことなの」


私の言葉に、春歌は叫んだ。

逃げているだけ


(わかってる)


20130930
また話が動きそうな。
そして優柔不断なヒロインにイライラしますね、申し訳ないです。