午後の授業、丸々サボってしまった。部活、出たくないなぁ。尽八と気まずいままなんて、嫌だなぁ。部室の隅で体育すわりをして、膝に額をくっつけて盛大に溜息をついた。きらわれた、かな。やっぱり、調子いい女って思われたかなぁ、やだなぁ。

「なまえ?」
「…新開」

聞きなれた声に顔を上げると、そこにはパワーバーを加えた新開がいた。驚いた顔で近付いてきて、目線が同じになるように膝をついてくれた。あぁ、やっぱりこいつも優しいなぁ。

「尽八は?一緒じゃなかったのか」
「嫌われちゃった」
「は?」

「教室に戻りたくないって、言ったの」
「好きな男がいるくせに、そういうこと言ったから、嫌われちゃった」
「ちゃんと向き合おう、悲しい顔させたくないって、思ってるのに…っ」

泣くな、泣くな。ここで泣くなんてただの卑怯者だ。尽八はもっとつらい、私なんかよりも何倍も辛いんだ。ずず、と鼻を啜る。新開は泣いてもいいから、と私を、抱きしめた。

「し、しんかい…?」
「オレしかいないから、泣いていいぞ」
「や、でも…ほら、こんなとこ人に見られたら困るの新開だよ?」

親友が泣いてるんだ、慰めることの何が悪い。疚しいことなんてないんだからな。

新開の言葉に、涙が止まる。親友、か。

「ねぇ新開」
「どうした?」
「私のこと、すき?」
「…あぁ、当たり前だろ」

「私もね、新開が好きだよ。大事な、親友」
「オレにとっても、おめさんは大事な親友だ」

もう大丈夫、と新開から離れる。親友、新開。素敵な関係じゃないか。私と新開は親友で、新開の彼女は親友にはなれない。私だけだ、女では私だけが、親友なんだ。

「ありがと、新開」
「…ごめんな、」
「なんで謝るの、なんか私にしたの?」

「なまえの気持ちに応えられなくて、ごめん」
「っ!」

きっと、今の私の顔は酷いと思う。人に見せられる顔じゃない。止まりかけた涙が、また溢れそうになった。なんで、なんで言うの。わかってる、わかってたんだから。彼女がいる新開とどうこうなりたいなんて、思って、なかったのに。

「なんで、あやまるの」
「なまえを、傷付けたから」
「ば、ばかだなぁ…わたし、別に新開のこと好きじゃないよ、」
「目を見て言ってくれ」

「っ、」

私を好きか、なんて聞かなきゃ良かった。わたしが悪い、うん。聞いた私が悪いんだよ。泣くな泣くな、皆がくる。笑え、笑え。いつもの元気な私でいなきゃ。

「…なにしてんだァ」
「靖友」
「っ、あら、きた」

「なになに修羅場ァ?やめろよインハイ前によォ」

まずいって顔をして、ワザとらしく言う荒北に、今日ほど感謝することはない、と思う。福富は掃除当番があって、尽八は教師に呼ばれているから少し遅くなるらしい。よかった、来たのが荒北で。

「新開」
「なんだ、靖友」
「コイツ泣かせたら、東堂がうるっせェぞ」
「…知ってるさ」

顔洗ってこいよなまえチャン、とタオルを投げつけられて、部室を出た。ごめん荒北、ありがとう。水道まで走る。幸い誰にも会わずに済んで、部室に戻ろうとした、ら。

「なまえ、」
「じんぱち」
「…泣いていたのか」
「ち、ちが」

隠そうにも、目元はうまく隠せなくて、そっと頬を撫でて、親指で私の目をなぞる。きゅ、と目を瞑れば、腫れそうだなと心配そうに言った。

「さっきは、」
「違うの、大丈夫だから。私が、悪いから」
「ちが、」

「東堂、あのね、わたし、新開に」

フラれちゃった。口にする前に、塞がれてしまった。突然のことで目を瞑るなんてこともできなくて。優しく、優しく奪われた。ゆっくりと離れた唇、焦点が合わないほど近くて、何が起きたのか、まだ理解が追いつかなくて。

「じんぱち…?」
「好きだ」
「っ、」
「誰にも、渡したくないんだ、オレだけを見ててくれ」

ぎゅう、ときつく抱きしめられた。苦しい、けれど、嬉しくて。

(少しずつでいいから、進んでいこう)

2014.11.19