振り払うなんて無理だった。
苦しそうな、今にも泣いてしまいそうな東堂の声に、身体が全く動かなかった。ただのいいわけになってしまうが、私を好いてくれている東堂を突き放すなんて、今の私にはできなかった。それが、どんなにずるいとわかっていても、告白を断る以上に、東堂を傷付けるとわかっていても。

傷付けたくないなんて思ったくせに、結局断ることができない私は、本当にずるいと思う。

「なまえ!」
「東堂、おはよ」
「尽八と呼んでくれ、と昨日言ったではないか」
「…じ、んぱち」

今まで呼んだことなかったから、恥ずかしい。これは、昨日のことがなかったとしても絶対に恥ずかしい。男子を名前で呼ぶなんて、そんな機会がないから。

「もうすぐ朝練始まるよ、準備終わったの?」
「当たり前だ、だがなまえが見えたからな」
「福富と朝練内容確認した?」
「…これからだ」
「しといで、私は逃げないんだから」

昨日のあの真面目な顔付きのとうど…尽八はどこへいったのだろう。といっても、一昨日までの私達はこんな会話していなかったから、周りからの目が気になった。まだ部活前だから話すのは構わないのだけれど、目の前にいる尽八の顔が、声が、雰囲気が、全く違うからだろう。

「…言ってくる。怪我しないようにな」
「尽八こそ、頑張ってきて」

ぽん、と頭に手を置かれる。そして向けられた笑みは、優しくて。ああ、東堂ってほんとに私のこと好いてくれてるんだ、と実感した。

妙に甘い雰囲気な気がする。わたし、昨日失恋したばかりで、傷心中なんだけどなぁ。けれどなんだかくすぐったい感じと、尽八のこの笑顔に、救われた。だって、昨日は泣くと思ったんだ。というか尽八が来なかったら泣いてた。尽八が付き合ってくれと言わなかったら、その場で泣いてた。夜も泣いて眠れなかったと、思う。

尽八に、わたしは救われてる。

「みょうじ先輩」
「…どうしたの、泉田」
「皆、聞きたがってるみたいなので、あの」

尽八が福富のところに向かい、残っているのは後輩ばかり。泉田が聞きにくそうにしているが、意を決したように口を開いた。

「東堂さんと、その…」
「あー…うん、そう、だね」

付き合っている。とはっきり口にできなかった。うん、だってほら、わたしは…って言ったらやっぱり東堂に失礼なんだけど、まだ割り切れないというか、申し訳なくて、苦しい。けれど、付き合ってくれと言われて、無理なら振りはらえと言われて、私はできなかったから。OKしたということになるんだろう。先程の東堂の雰囲気からして、彼は私を恋人と認識しているだろうし、やはりお付き合いが始まったと思うべきだろう。

「そう、ですか。お幸せに…!」
「え、え…泉田!?どしたの!」
「なんでもないんです、幸せになってください!!」

泉田が、走って黒田のところに向かっていった。黒田は溜息をつきながら泉田の肩を叩いている。どういうこと。ていうか周りが嘘だろ、せんぱい…と信じられないという顔をしているからなんだか居心地が悪い。

「なまえ」
「、新開」
「はよ。おめさん尽八と付き合うことになったのか?」
「え、あ、」

「おめでとさん、仲良くやれよ?」

新開に、頭を撫でられた。いつもされていたことだ。彼女がいるのに、彼女が見たら泣いちゃうんじゃないの、やめなよ、勘違いする。やめて、やめて、

おめでとう、と祝福された。新開にとって私は、やはりただのマネージャーでしかなかったということだ。

「新開こそ、彼女と仲良くね」
「…知ってたのか」
「まーね!可愛い子じゃん、お幸せにね」
「あぁ、さんきゅ」

そのときはじめて、見たことないからいに優しく、新開は笑った。


(あ、やばい泣きそう)

2014.11.14