教室で、ボタンを見つけてから東堂を探した。走って、走って、走って走って。これでもかっていうくらい。帰宅部なめんな!ってくらい走った。
それでも校舎内にも学校の敷地内にも東堂はいなかった。途中で会った真波くんに聞いたら、東堂はご実家の都合で一旦帰ることになり、夕方から仲の良かったメンバーで晩ご飯を食べるらしい。
これは、会えそうにない。東堂の連絡先は知っているけれど、連絡をしたところで何を言えばいいのかわからない。ボタンの意味?私の気持ち?
けれど私たちは確実に離れるのだ。私は、明大に通うため引っ越しの準備。そして東堂はきっと、ご実家の手伝いを始めるのだろう。
…いや、お姉さんが大学に通っていると聞いたことがあるから東堂も大学に通って経営を学ぶのかもしれない。けれど私と同じ大学にならないと思うから。

私は、遠距離なんて無理だ。
もし、もし東堂と私が同じ気持ちならば両想いだとなってすぐに離れ離れになる。そして、東堂と同じ気持ちだなんてことも、期待して違ったら虚しいだけだ。
それなら、知らないほうが良い。言わないほうが良い。そのほうが、お互いのためなのだ。

良い思い出だった、それで済ました方が、傷付かないから。

「こンのバァカちゃんが!」
「いった…あ、らきた!何すんのよ」
「東堂から何かアクション起こされたんじゃねェの?」

泣きそうだ、そう思った瞬間に頭に衝撃。声を聞いてわかる。それは東堂とチームメイトだった荒北で。アクションを起こされた、これで察した。荒北は、私の気持ちも、そして東堂の気持ちも知っているのだと。

「…私になにをしろと?ボタンの意味を聞けばいいの?けど私、遠距離は無理」
「そういうことを聞いてるんじゃねェんだよ、てめーが何をしたいかだろォが」
「いうのも、きくのも、怖いんだ」

臆病おくびょう。なんて悲劇のヒロインなの私ったら。…なんて、本気でそんなこと思っていたら引くけどさ。
ただ、自分が傷付くのが怖いんだよ。そして、私の我儘で東堂を傷つけるのが怖い。

「悩むだけ無駄だからァ!当たって砕けるって言葉知らねェのかなまえチャン」
「いつ言うってのさ…もう東堂帰っちゃって、この後自転車競技部で晩ご飯なんでしょ?その後だったらきっと、」
「ンなもん時間なんていくらでも作ろうと思えば作れるンだよ!」

ほらいいから連絡しろバァカちゃんが!ともう一度頭を叩かれる。けれど、指が動かなくて。
いいから早くしろ、という目で荒北に見られるけれど、手が震える。本当に伝えるの?ボタンは本当に東堂からなの?
ぐるぐると変なことばかり頭に浮かぶ。いい加減笑えてくる。指が動かない。こわい、こわいこわい。

「…っとに最後まで世話焼ける奴らだなァ!!オラ早く言っちまえ!!」
「え、ちょ、荒北!」

「もしもし」
「、あ」
「なまえ?どうした?」
「あ、あの、東堂」
「あぁ、」

「机、見たよ」
「…、」
「あれって、東堂のボタンで、いいのかなぁ…さっき、さっき東堂に会ったとき第二だけなかったから、あれって」
「落ち着いてくれ、ちゃんと聞くから」

いつもの、自信たっぷりの声ではなく、優しくて、それはもう優しくてどうしようもない声で。不思議と落ち着いて、深呼吸を一つ。さっきまで隣にいた荒北は、黒田くんに捕まってだるそうに自転車競技部のほうに歩いていった。
言いたくない、言わないで済まそう。そう思っていたはずなのに、言ったら、後悔するかもしれないのに、私の口は勝手に動く。

「東堂も、私と同じ気持ちって思って、良いのかな」
「…同じ?」
「だから、その…」
「オレは、相当ニブいようでな、きちんと言葉を聞かないとわからない」

「…いじわる」

くすりと笑った東堂が、たまらなく好きだ。

思春期カンタービレ

(すき、東堂が、すきなの)

20141105