助けて。私はこのまま、息ができずに死んでしまうかもしれない。

「美月さんは睫毛が長かったんだな」
「っ?!」

ぐっと顔が近づけられて息を呑む。目の前の整った顔を近付けてきたのは(自称)箱学一の美形、東堂尽八だった。私は、東堂が好きだった。ナルシストではあるが、自転車にかける思いと情熱、そしてレース中の真剣な目はナルシストなところすらもかっこいいと思わせるほど。本当に、本当にかっこいいのだ。

そんな彼とたまたま日直になった私は放課後日誌を書きながら本日の授業を思い出していた。東堂には部活に行っていいよと伝えたのだが「与えられた仕事はこなさねばな」と私の前の席に座り日誌を覗き込んでいた。

「と、とう、どう」
「唇も、厚くて…」
「ちょ…東堂?」

す、と目が細められて彼の手は私の唇をなぞる。ぞくり、鳥肌がたつ。別に気持ち悪いとかではなく、だ。なんだろう、この目は。まるで獲物を狙う目だ。このまま、食べられてしまうかもしれない、と頭をよぎる。けれど彼は紳士であるし、私のような目立たない女は嫌いだろう。

「なぜ、いつも眼鏡をかけて目立たないようにしていた?こんなにも美しい顔をしているのに」
「え、」
「…度がはいっていない。伊達眼鏡か」

唇をなぞっていた手が、私の眼鏡を奪う。とられた、バレないと思っていたのに。

私は目立つのが嫌いだった。自分でいうのもあれだが、幼い頃から言われ続けた「可愛い」と言う言葉が嫌いだった。中学の頃、一番仲がよかった友人の想い人が私に告白してきたのだ。それまでも、私はクラスメイトの想い人から告白されたことがあり、その友人だけが私の味方だった。他は、みんな私を敵視した。最後の、友人だったのだ。その友人に、アンタなんか嫌いだと、友人なんかじゃないと言われた。もう、嫌だったのだ。だから私は高校も遠く離れたここ箱学に決めたし、親も渋々ながら頷いてくれたのだ。顔を見せるのをやめた。眼鏡をかけ、前髪を伸ばし、勉強だけは頑張った。見事な優等生のできあがりだった。

「か、返して」
「前髪をあげてみてはどうだ?邪魔だろう」
「や、やだ、いいのこれは」
「目が悪くなってしまうぞ。それに、こんなにも美しいのだ。出さねば損をする!」

東堂、君とは違うんだよ。私は、自分の顔が嫌いなのだ。人が離れてしまう、こんな顔が。贅沢な悩みだと人は笑うだろう。ふざけるなと怒られるだろう。けれど、どんなに褒められても、私は一人は嫌なのだ。私は強くなんてない。わがままで、ちっぽけで、どうしようもない馬鹿な悩みだとわかっている、けれど。

「な、なぜ泣く?!」
「…ぁ、」
「すまない、泣かせるつもりは…!」
「ごめ…っ」

泣かないでくれ、と頭を撫でられてどくんと心臓が五月蝿くなる。優しいね、東堂。ごめんね、ありがとう。けど私は今の自分をかえたいなんて思わないんだよ。

「俺が協力しよう」
「え?」
「デビューだ、デビューするぞ!」
「え、ちょ…は?」
「美月を、誰が見ても美しいと言う美女にしてみせる!」

突然の暴走に私はついていけなかったがきっと私にとってあまりよくないことが起こるんだろうなと頭を抱えたくなった。

20141027
ありきたりだから実は更新したくなかったもの