いつもちょこちょこついて来てたのに。
今ではすっかり逆になってしまった。


「翔ちゃーん!!」
「うぉっ?!なんだ…お前かよ」
「お前かよって何よ失礼ね」

「お前Aクラスだろ?自分のとこ戻れよ」


幼馴染の翔ちゃんは、アイドルになるために早乙女学園に入学した。そんな私も、昔からヴァイオリンを嗜んでいて、翔ちゃんとはよくコンクールでも一緒になったし一緒に弾いていたこともある。もうかなり昔のことだけど。ただ、翔ちゃんは重い病気だったし、あまり無理させられなくて、幼馴染の私が翔ちゃんの面倒を見ていた…というか勝手み見てた。薫もいたけど薫も美月ちゃんって私の後ろをべったりくっついてきていたから。

あぁ、あの頃が懐かしいなぁ。美月ちゃんと結婚するのは俺だ俺だって双子でよくケンカしてたっけ。あの頃の可愛い翔ちゃんは一体どこへ。


「翔ちゃん、今度一緒にヴァイオリン弾こうよー…」
「…あぁわかったわかった、今度な」


つれない態度の翔ちゃんも可愛いけど、でもなぁ昔を知ってるから可愛い翔ちゃんじゃないと嫌かも。なんて、翔ちゃんに言ったら怒られそうだけど。

早乙女学園で翔ちゃんと同じクラスじゃないのは泣きたくなった。でも嬉しいことに那月が一緒だったから。こうして翔ちゃんと話すこともできるしクラスでも楽しい。


「美月ちゃーん!」
「あ、那月」
「次、移動ですよ?ノート持ってきましたから、一緒にいきましょう!」
「わ、ありがとー!いこっか」


じゃあね翔ちゃんと手を振ると、ちらりとこっちを見たのにフンと窓の外に顔をそらした翔ちゃんに、なんだか泣きそうになった。なにさ、そんな態度とらなくてもいいじゃんか。


「ふふ、大丈夫ですよ美月ちゃん。
翔ちゃんはちょっと、ヤキモチやいてるだけですから」


那月の言葉に疑問符を浮かべる。ヤキモチ?なんで?だって翔ちゃんは、翔ちゃんが入るからって入学を決めた私を疎ましく思ってたはずなのに。


「翔ちゃんは、美月ちゃんのことがだぁい好きですから、大丈夫です」
「那月…」
「それに、もし翔ちゃんが美月ちゃんのこと嫌いだって言ってもボクがいます」


ね、と笑う那月に、そうだねなんて笑った。ありがと、励ましてくれて。やっぱり那月がいてくれてよかったと思う。





「いいのかい、おチビちゃん。大事なレディがしのみーにとられちゃうよ?」
「アイツは俺のじゃねえ」


でも、一緒にいるところなんて見たくない。なんだか、那月が「美月は渡さない」とでも言ってるみたいで、気に入らない。そもそも俺と一緒にいたいから入学したとか言ってたくせに、那月といる時間のほうが多いし。なにかと隙が多いから抱き着かれるなんてこともしょっちゅうだ。あぁもう、イライラする。


「男の嫉妬は醜いだけだよ」
「うるせえなー…嫉妬じゃねえよ」
「好きなら好きって言うだけで、変わると思うんだけど」


レンの言葉に、何も言えなかったのはきっと。
変わってしまうことを恐れてる臆病な自分がいるからだ。



昼、食堂にて。
春歌ちゃんや友ちゃん、那月に音也くんに聖川くんと一緒に席を探していたら那月が翔ちゃんを見つけたらしく走っていった。あ、抱き着いてまた翔ちゃん怒ってる。いいなぁ、私も抱き着きたい。「美月ちゃん、ぶつかっちゃいますよ?」
「へ?わ、」


がたん、トレイに乗っていた本日の昼食、ラーメンがこぼれた。それはもう盛大に。ぶつかってしまった人に謝って、どうしよう、と声を漏らす。ラーメンのつゆが制服を濡らして、ああもうダメだ今日厄日だ、なんて心の中で叫んだ。


「ちょっと大丈夫?」
「あぁうん、大丈夫…」

「っ、おい!大丈夫か?!」
「え…あ、翔ちゃ」
「馬鹿野郎!」

「え、」
「手、火傷してねーか?」
「だ、大丈、夫」


はあ、と深い溜息をついて翔ちゃんはしゃがみこむ。え、え、どうしたんだろう。


「よかった…」
「ごめ、」
「お前隙ありすぎなんだって!なんでこう…ああああ」


頭を抱えだした翔ちゃんに、困惑。え、どうしよう怒らせた?すると突然立ち上がった翔ちゃんは私のトレイを奪って片手で持ち私の手を引いて歩きだした。


「え、ちょ、翔ちゃん?」
「いいから、黙ってついてこい」


連れてこられたのは寮で。翔ちゃんと那月の部屋だった。お、男の子の部屋に入るのは小さい頃はあるけど、でも…!


「これ、着ろ」
「え、でも」
「いいから、早く着ろって」


差し出されたポロシャツを受け取ると、翔ちゃんは部屋から出ようとして、思わず引き止めた。なんだよ、と振り向いた翔ちゃんに、なんででていくの?と聞けば顔を真っ赤して馬鹿!と怒られた。


「おま、女の着替えしてる部屋にいれるわけねーだろ!」
「別に翔ちゃんなら、いいのに」


何気なく言った一言だった。でも翔ちゃんは気に食わなかったらしく眉を寄せた。ドンドンと五月蠅く足音をたてて近づいてきて、私の手首をつかむ。


「い、痛いよ翔ちゃん」
「俺は男なんだぞ?」
「知ってるよ?」
「いつまでも翔ちゃんなんて呼んで、男扱いしないお前に言われたくねぇ」


そういうつもりで翔ちゃんって呼んでたんじゃない。少しずつ変わっていく翔ちゃんが怖かったから。置いて行かれそうで、怖かったから。


「ずっと、お前のこと女として見てた俺に、少しも酷いと思わねーのかよ!」
「そんな…私だってずっと。ずっと、昔からずっと翔ちゃんが、好きで。
翔ちゃんが元気になって嬉しいのに、置いていかれそうで、ずっと翔ちゃんを守ってきたのに、その役目がなくなって用済みになるのが、怖くて」
「お前…」

「翔って呼んだら、何か変わっちゃうって…拒絶されたら、私もうどうしたらいいかわかなくなるから、だから」


馬鹿だなお前は、ほんと馬鹿だよ。掴んでいた腕をぐっと引っ張って私は翔ちゃんの腕の中にダイブした。私を抱きしめる腕は強くて、がっしりしてて。男の子のわりに低い身長だけど私よりは大きくて。


「俺は、早く治して今度はお前を守るんだって思ってた」
「翔ちゃ、」
「だからもう、やめろよ翔ちゃんなんて呼ぶな」

「…翔、」
「これからは、俺がお前を守る。昔は守ってもらってばっかだったけど、あの頃とは違う」
「やだ、翔ちゃんが変わるの、やだ。幼馴染やめたくない…っ」


ばーか。
にぃ、と悪戯に笑った翔ちゃんはキラキラしてた。


「かわんねぇよ、俺たちは。
変わるのは、幼馴染から恋人になるってだけだ」
「…翔ちゃん」

「次、翔ちゃんって呼んだらキスするからな」
「え、それはやだ!」大好きで大好きで、変わるのが怖かった。
でも、これからは今までよりもっと素敵な関係になれるのね。
ああなんて素敵。なんて、幸せなんだろう。


一歩進んだ関係へ

(あ、翔ちゃん濡れちゃう…んんっ)
(罰ゲームだからな)
(翔ちゃ、翔とキス、できるなら、何度でもちゃん付けて呼ぶ…)
(やめろよ?!)

20131011
なんだこれグダグダ。
冒頭あたりの「あぁわかったわかった」で詰んでどうにかこじつけた…