短編 | ナノ



「なまえっちなまえっちなまえっちーー!!」

「うるさいな!!」

「ぶっ!!」


けたたましく私の名前を連呼しながら寄ってきた黄瀬くんにスコアブックを投げつけ強制的に黙らせる。見事顔面にぶち当たったそれに「モデルの顔に……」とか呟いてたが知るか。イケメン滅びろ。あっならキセキの連中全員滅びるな。まあそれはそれで良いだろう、私が平和になるし。


「酷いっスよ……オレまだなにもしてないじゃないっスか」

「まだってなんだ。というかあんな大声で叫んだのが何もしてないうちに入るなら黄瀬くんは私と気が合わないよ。あ、分かってたことだね!!」

「さらに酷い!!」


うるさいよそれがダメなんだって。見て、黄瀬くん。赤司さまがすごい顔でこっち見てるよ。あの顔は親でも殺すな某アレ的な顔だよ。きみ練習量増やされて死ぬよ。いやマジで。そして私はねちねちと小言を言われて精神的に死ぬよ。いやマジで。


「で、なに?手短にね」


気を取り直しそっけなく問えば、黄瀬くんはすんばらしい笑顔になった。尻尾が……全力で左右される尻尾が見える……。なんだ、黄瀬犬か。キセケンか。可愛いなオイ。なんて考えていれば、黄瀬くんはにっこにこしたまま言葉を紡いだ。


「1on1してほしいっス!!」

「は?」

「1on1してほしいっス!!」

「は、……いやいやいや」


何言ってるのこの子は……!!私はあくまでマネージャー、彼は選手。しかも一軍、しかもレギュラー。私はチート設定なんてないから女の私が化け物並に強いコイツに適うわけがない。それ以前にゲームにさえならない。これがまだシュートを決め合って決めた数を競うだけならばまあ良しとしよう。1on1とはなんぞや。


「え、冗談……だよね?」

「マジっス。本気と書いてマジって読むくらいマジっス」

「……死ねっ!!」

「えええ!!?」


足元にあった空のドリンクボトルを再び顔面へ投げれば今回は右手でキャッチされてしまった。いや、ありえないだろ。馬鹿なのかこいつ、あ、馬鹿だったわ。良いのは運動神経と顔だけだわ。お前は私を女として見てないのか。見られてたらそれはそれで嫌だが。超なんとなく嫌だが。


「で、でもご褒美はちゃんとあるっスよ!!」

「……ほう?」


腕を胸の前で組み仁王立ちになって自分より上にある顔を冷めた目で見つめる。どうせくだらんことだろう、まあくだらなかったら殴るがな。「それで?」と言葉を促せば黄瀬くんは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。……なんで?そんなに恥ずかしい褒美なのか?


「えーっと、オレが勝ったらなまえっちを好きにするのとー」

「で、私が勝ったら?」

「なまえっちが勝ったら、オレを好きにして良い……ス、よ」


…………
ブ チ 殺 ス !!!!!


「それどう転んでも私が罰ゲームじゃんかああああ!!!!歯ぁ食いしばれ、一発で意識飛ばしてやらぁ!!」

「えええ、なんで!?」

「うるせーよ黙って殴らせろ馬鹿犬!!」


腕をクロスして顔を庇う黄瀬くんに構わず拳を振り上げる。するとぽん、と肩に手を置かれた。


「あ?な、に……」

「え?……あ」

「楽しそうだね、涼太、みょうじ」


振り返れば素晴らしい笑顔を称え、背後に般若を背負う赤司さまが。え、あ、……お。


「涼太、メニュー五倍。みょうじはとくべつに三軍の練習メニューで許してあげるよ」


私選手じゃないのに、とか、女なのに男のメニューなんて、とか。いろいろ考えたけど分かること。

あ、死亡フラグ立ったわ。







「ぜー、ひゅー」

「ちょ、ごほ、これ以上は、無理っス、赤司、っち」

「なんだ、やればできるじゃないか」


あのあと私たちはやりきりましたよ。なんたって赤司さまの言うことは絶対、逆らえません。私は息絶え絶えに黄瀬くんの隣に座り込み、必死に呼吸している。生きてるって素晴らしい……!!死ぬかと思った。三軍のメニューでこれなんだから一軍メニューしろとか言われたら私本当死ぬね。自信あるわ。赤司さまは感心したように笑いながら颯爽と去っていく。赤司くんの魔王、悪魔。しばらく恨んでやる。


「なまえっち、」


名前を呼ばれたから顔を上げれば黄瀬くんはもうほとんど呼吸を整えていて。化け物かよとか一瞬考えたが、したたる汗が体育館の照明に反射されキラキラ光っているのを見て、嗚呼綺麗だなあなんてぼうっとしていたら頭からふわりと柔らかなものがかぶせられた。


「汗、拭かなきゃ……風邪ひくっスよ」

「ありが、と」

「いいえー」


わっしゃわっしゃと子犬を吹くかのように髪の毛を拭かれ、イラっとしたが思いのほかその手が優しくて目を閉じて甘受する。


「……あー、やっぱこうしてたら実感するっスわ」

「な、にが?」

「なまえっちが好だって」

「ふーん」


しかし疲れた。体が鉛になったかのように重い。ああこれ明日絶対筋肉痛……だ……って、え?


「え、黄瀬くん、い、ま?」


するりとタオルが頭から離れ、黄瀬くんの顔がようやく視界に入った。黄瀬くんはあまりにも優しく、愛おしそうな瞳で、表情で笑っていて。


「いまのままだと振られるのくらい分かってるっス。だから、覚悟しといてください」

「黄、瀬く、ちょ、」

「オレ、アンタだけは手に入れたいんで」


オレはしつこいっスよ、なんてニッと笑う黄瀬くんに、初めて。
いわゆる胸のトキメキを感じてしまった。




こんなはずじゃない!
いや、そんな、あの、とにかく。私は簡単には落ちないからな!!




2012/08/30
潤たまに那智が書いた黄瀬くんが読みたいと言われ調子に乗ってみた。……うん、私が書いたらキモチワルイ黄瀬になりましたねゴメンナサイ愛はあるんです愛は