短編 | ナノ



昨日いきなり中学校の頃の後輩だった紫原からメールがきた。中学校の頃、バスケ部のマネージャーはしていたが実際紫原と関わったのは一年だけ。そのあともなんだかんだで紫原が秋田に行くまではよくつるんでいたが今年は私が受験ということもあり、ほとんど電話はおろかメールさえもしてなかった。なのにいきなりなんなんだろう。休みだから東京に戻る、相手してと言われ受験も終わりぶっちゃけ暇を持て余していたので二つ返事で了承した。紫原曰く家で待ってろとのことだったが紫原が来るたびに親がわーきゃーうるさいので外で待つことにしたのだ。季節は春といってもまだ寒い三月上旬。コートに身をくるみ、息を吐き出す。寒い寒いと思っていてもどうやらそんなに寒いわけではないらしく、吐き出された息は色をつけず透明のまま空気に溶け込んでいった。しかし、いきなり会おうなんていったいどうしたんだろうか。大学受験で私が県外に行くのならまだ分かるが紫原の実家がある東京にいまだいる予定なのだが。そんなことを考えていたら、右方向から紫色の髪を靡かせながら巨人が走ってくるのが見えた。相変わらずでけえなとか思いつつそちらを見やり、口を開けば何かを言うより先にそいつが声を発した。


「先輩!!」

「久しぶり、紫原」


あ、また背伸びたんじゃないかな?こいつグングン伸びるな羨ましい。でも、身長以外でなにか変わったような気がする。会わなかった一年で何があったのだろうか。私が一目みただけで感じ取れる変化。できれば間近で見ていたかったのが本音だが、なんとなく言えない、言いたくない。


「家で待っててよかったのに」

「親になんて言われるか。というより紫原も走らなくてとかったんじゃない?」

「早く会いたかっただけー。時間もったいないでしょ?」

「なにそれ、カップルみたい」


思わず笑った私に、紫原も笑った。


「そうだ、大学合格おめでとー」

「ありがとう」


受かったことは紫原にすぐ教えたから知っていて当たり前だ。それよりも紫原へのお祝いは無いのかと頭のなかを探すが、紫原からバスケ関連でメールがきたのは誠凛に負けたときくらいしかこなかったため何もいえなかった。言葉に詰まっているのを悟ったのか、紫原はゆるりと笑い私の頭にその大きな手のひらを置いた。


「俺さぁ、先輩に褒めてもらおうって思ったこと、一つあるよ」

「へえ、なに?」

「いま、楽しんでやってるんだー、バスケ」


へ。

いきなりの言葉に呆気にとられてしまう私の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。その力で首が前後左右に動くが、別に気にしてない。それよりも、だ。バスケは勝てるからただやるだけ、才能があるからやっていただけ、な紫原がバスケが楽しいと、そう言った。言ってくれた。

その言葉が乾いた地面にじわりと染み込んでいく水のように私のなか、どこか深い場所に落ちていく。嬉しい、嬉しい、嬉しい。いつも何事にもどこか無欲だった紫原。そんな彼がようやくバスケが楽しいと自分から言ってくれた。なにがあったのかは分からない。側でその変わった瞬間を見たかったのも本音。けど、そんなのより、彼が夢中になれることがようやくできて嬉しくてたまらなかった。ただ俯いて緩む口元を押さえる私に紫場が声をかけてくる。


「……やっぱ先輩に報告して良かった」

「え?」


その言葉に顔を上げれば、紫原は深く深く、優しく、愛おしそうな瞳で優しく笑っていて。反射的、とでも言うように心臓がどくんと跳ね上がった。


「だって先輩、すごい喜んでくれてるもん」


そう、だね。確かにすごく嬉しいし喜んでる、が。紫原よ、その表情はやめてくれ。心臓に悪いから!!
再び俯いた私に「アララ、俯いちゃった」なんて残念そうに呟いているのが聞こえたが無視だ無視!!私はいま恥ずかしさと格闘しておりますかまわないでください。そう心中で呟いていたら、スッと目の前に長方形の箱が差し出された。


「え……?」

「午前の練習無断で抜け出してきたから次の飛行機で帰らなきゃなんだー、だから、はい」

「え?次の飛、無断、え?」


なんだ、どういうことだ、これはなんだ。押し付けられたそれを手に取りまじまじと見つめていると、「分かんないの?」とあきれたように言われた。


「今日、先輩誕生日じゃん」

「……あ」


そう言えば、そうだった。今日は3月9日、私の誕生日、だ。……ってことは、あれ?


「……つまり」

「ん?」

「今日私の誕生日だから」

「うん」

「午前の練習サボって」

「うん」

「わざわざ秋田から東京に来て」

「うん」

「午後の練習にでるからすぐに帰る、と」

「……ごめんねー?今日の午前はミーティングで、これ逃したら時間作れないし、どうしても今日会いたかったしー」

「い、いや違う!!責めてるんじゃなくて、」

「じゃなくてー?」

「嬉し、すぎて……死にそう」


ぎゅう、とプレゼントを抱きしめ、目をつむる。ああダメだ絶対顔赤いよ今。でも、でも。嬉しい嬉しい嬉しい。どうしよう、もう泣きそうなくらい嬉しい。死にそうなくらい嬉しい。じわりと眦に涙が滲み、それを落とさないようずっと上にある紫原の顔をみて精一杯笑ってみせた。


「ほんと、紫原みたいな後輩もてて私は幸せ者だね」

「……後輩かよ」

「え?」

「別に!今は後輩で良いし、我慢するし」

「……え?」

「なんでもない!!」


ちょ、なんで怒ってんの。というかそんなこと言ってるとアレだ、まるで私のことが好きみたいだぞ。


「じゃーねー、今度は休みのとき会おうよー」

「あ、空港まで見送るよ!!」

「良いよ、帰り送れないし」

「気にしなくて良いのに……」

「気にしますー」


ぽんぽんと頭を撫でられ、じゃあね、なんて軽い調子で言われたかと思えばほんとに歩き出す紫原。な、なんだったんだ。ほんと嵐のような人だったな。とか考えていると彼がふいに振り返り、ふっと目元を緩めた。


「せんぱーい、俺がただの先輩だと思ってる人にこんなことするようなヤツじゃないの知ってるでしょ?」

「え、あ?」

「先輩、良い女だよねー」


……え。
なにを言っているか理解した私の体に流れる血液が沸騰した。体、あつい。そんな私を見て紫原は満足そうににんまり笑って、「誕生日、おめでとー」なんてまた言って。それからは振り返ることもせず歩き出した。
……からかわれたのか?




それでは始めましょう
だとしても、私のなかで何かが始まったのは確かだった。





2012/08/30
もどきちゃんの誕生日祝えてなかったから……!!3月9日だったのに大遅刻すみませry