uncertainty [ 2/6 ]
それから一時間目が終わるまで、花宮くんはずっとそばにいてくれた。いろんなことを話して、家を教えると約束して。さっき私が苦しんだあれはなんなのか聞いてみたら部活の子がよくなるから対処法を知ってるだけでよく分からないと言われ、やっぱり花宮くんに頼るしかなく、自分でどうこうするのはできないんだなと情けなく思った。もうここまで来れば花宮くんさえいればいい気がしてくるから不思議だ。そんなこと、いけないってことくらい分かってるのにね。
母さんを心配させたくない。けどもう限界だから。ごめんなさい、親不孝者でごめんなさい。
鞄はいま手元にあるから帰ろうと思えば今すぐ帰れる。けど教室のロッカーに荷物を置いていたりするから、取りに行かなきゃ。
幸いにも今は移動教室。自分のクラスに人はいないだろう。そう思ってクラスへ足を運んだ、のに。
「なまえちゃん……」
目の前には、親友だった友達と、私を苛めている子たちがいた。
足が竦む。逃げたいと脳が訴えてきた。けど逃げなかったのは珍しく三人とも私に何も言わず何もせずにいたからだ。
なんなんだろう、そう思って様子を伺っていたら、親友だった子がガバリと頭を下げた。
「今まで、ごめんなさい……っ!!」
「え……?」
一瞬言われた意味が理解できなかった。ぽかんとする私に、三人とも潤んだ瞳で私を見つめ言葉を続ける。
「謝ってすむことじゃないのは分かってる、でも私たちもう一回やり直したくて」
「酷いことばっかしてごめんね、本当にごめんなさい」
「なまえ、また友達に戻らせてくれない?」
なんなんだろう、なにがあったのだろう。私なにかした?いや、何もしてない。なら花宮くん?でも花宮くんは一時間目ずっと私のそばにいたよね、え?……え?ぽかんとしたまま何も考えれなくなる。頭のなかがぐちゃぐちゃで、思考が纏まらない。けどどこかで彼女たちの言葉を理解していたのか、ぽろりと目から涙が零れでた。
「なまえ……?」
やっと、終わるの?やっと何かの誤解が解けたの?嬉しい、けど、信じて良いのかな。
何も答えれず泣き続ける私に三人とも押し黙って俯いている。大丈夫だよ、そう言おうとすれば教室の扉が開き、軽い声が聞こえてきた。
「よっ、仲直りはすんだかいな?」
「今吉くん……」
え?今吉、くん?
なんで……そういえば今授業中なのになんでこの三人は教室にいるの?まるでこの時間私が教室に帰ってくることが分かっていたかのように。
「いきなりやから混乱するわいなぁ。今は信じれんでもこれから信じたらええ」
相変わらず分からない笑顔。けど、でも。
「今まですまんかったな」
私は―――これが夢じゃないようにとだけ祈った。
結局そのあとは授業を受けて、今は昼休み。三人がお昼に誘ってくれたけど下手にでて断り、教室を出た。そのとき今吉くんが睨みつけてきた気がしたけど、もしかしたら今吉くんは私のことを嫌ったままなのかもしれない。
誤解が解けたことを彼に早く教えたくて裏庭まで走る。いるのかな。私が帰ったと思っていなかったらどうしよう。でもそれは自惚れだった。思えば花宮くんと出会ったのはたまたま来た裏庭で会ったんだ。裏庭が彼のいつもの場所だとすればいるのは当たり前。
私が来たときには花宮くんは裏庭の一つしかないベンチに腰掛けて空を見上げていた。
「花宮くん!!」
大きな声で名前を呼べば、花宮くんは驚いたように私がいる方へ振り向いた。
「先輩!?なんで……」
荒い息をそのままに、私は笑顔を向ける。早く知らせたかった。いつも「和解できたら良いですね」と励ましてくれた彼のことだ、笑って良かったですねって言ってくれる。だから、だから。
「あのね、みんなが謝ってくれたの!!」
「……は?」
久しぶりに心の底から笑って伝えれば、花宮くんが目を見開いた。
俯き、あったことを話す。話せば話すはど夢じゃないんだと実感できてどんどん気分が高揚してきた。
「それでね、お昼にも誘ってくれてね、でも花宮くんに聞いて欲しくて……」
「……なんで」
「え?」
ぽつりと小さく呟かれたことばに顔を上げる。瞬間背筋が凍った。
冷たい、冷たい瞳。すべての感情を削ぎ落としたような無表情のまま花宮くんは私を見つめていた。
見たことがない。こんな瞳をした花宮くんなんて、こんな表情をした花宮くんなんて。私は、知らない―――
「花宮、くん?」
「許せるんですか?」
「え?」
突然発せられた言葉が理解できず、いや、花宮くんがそんなことを言うなんて理解したくなくて思わず聞き返す。けれどかえってきたのは同じ言葉。
「これまでされてきたこと、なまえ先輩はそんな言葉で許せるんですか?信じるんですか?あの人たちのこと」
「はなみや、くん……」
許せるかどうかなんて、分からない。されてきたことを忘れる日なんて来ないだろうから。でもまた一緒に笑い合えるから、それでも良いかもと思ってた。花宮くんもそんな私の気持ちも知っているから喜んでくれると思ったのに―――
ゆれる瞳で花宮くんを見つめていれば、花宮くんはふと困ったように笑った。
「すみません、困らせましたね」
「え、あ……」
「良かったですね、なまえ先輩」
そう言って笑う花宮くんに恐怖を感じた。感じてしまった。だって、
―――瞳から、温度が感じられなかったから。
でもただの気のせいだと自分を咎めた。花宮くんは心配してくれているだけだ。私がまた裏切られるのを案じてくれているだけだ。
ただ、望んでいた花宮くんの言葉がぜんぜん嬉しく感じられなかったことだけは、私のなかで唯一確かなことだった
uncertainty不確定
2012/08/28
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