****
その日の朝はいつもより二時間も早く目が覚めた。
というより、あまり眠れなかった。
もともとカルテの朝は早いため、窓の外に目を向けるとまだ空は暗く、陽は昇っていなかった。
寝なおそうにも妙に目が覚めてしまったので、仕方なく重い身体を起こす。
次いで、ドアまで行くと取っ手を回した。
「あ、おはようカルテ!」
澄んだ声に、カルテは目をしばたたかせた。
誰もいないと思っていたリビングには、昨日と変わらない笑顔を浮かべるフレンの姿があった。何故か踏み台に乗っており、少々不安定だ。
「……なにしてんの」
「朝食作りっ」
フレンが誇らしげにぺたんこの胸を張る。
カルテはその後ろにある鍋へと目を向けた。
言われてみれば、何か料理らしきものの匂いがしている。
近くにあるテーブルには、料理本が何冊か開いたままで置いてあった。
どうやらそれを見ながら調理を行っていたらしい。
「朝食って、早すぎるんじゃないか」
「カルテに起床時間訊くの忘れてたから、早く起きたの!」
「……早すぎ」
思わず漏らすとフレンは首をちょこんと傾ける。
「でもカルテは起きてるよ?」
「……今日はたまたま早く目が覚めたんだ。いつもはもっと遅い」
「……それは、ヴァルト様のことで悲しんでいるから?」
フレンの静かな問いかけにカルテは答えられなかった。
悲しい? 博士がいなくなって、自分は悲しんでいるのだろうか。
でも、自分には……。
「……ぼくには、心がないから」
「そんなことない!」
桃色の瞳と、視線が混じり合う。
フレンは言い聞かすようにもう一度、さっきよりも強く「そんなことないよ」と繰り返した。
凛とした声だった。
瞳も、真っ直ぐカルテを見つめている。
何故そんなにはっきりと言えるのだろう。自分には心なんてもうないのに。とうの昔になくしてしまったというのに。
戻る