花葬金魚 | ナノ


「・・この子が神子・・?」


どんなすごそうな人が来るのかと思っていたのだが見た目は可愛らしい少女だった。巫女の衣装を身に纏い、黒髪がよく似合う。身長は自分よりも小さく、幼すぎる顔立ちが凄く可愛らしい。巴衛には大人しくしてろ、と言われたがこれは無理であろう。


「きゃー!ちっちゃいかわいい!」


奈々生は抑えきれず神子にぎゅっと抱きついた。その行動に開いた口が塞がらない三人。巴衛はこれでもかという鬼の形相で奈々生の頭を掴み下げさせた。ごちん、と鈍い痛々しい音が部屋に響く。


「馬鹿か!頭を下げろ!」
「痛いわね!なにすんのよ!」
「お前はあの方がどれだけ偉い方だと思っているんだ!」
「知ってるわよ‥神子さまでしょ?」

言い合う中、パンっと扇子を開く音が聞こえそちらに視線をおとす。


「よい巴衛。・・そなたがミカゲの代わりの新しい土地神か。まずは巻き込んでしまったこと、ふかく詫びよう。」


深く深く頭を下げられ、本来ならば自分がすることを神に逆にされてしまい、どうしていいか慌てふためく。


「そ、そんな・・!頭をあげてくださ、」
「しかし、人間の土地神など誰が許すものか!いますぐ印をわらわに返し、ここから立ち去れ。」
「え・・?」
「神子さま!奈々生さまは帰る場所がございませぬ!そのようなこと」
「ふむ。ならば家を与えよう。お金にも困っていると言うのなら手配させようぞ。それなら文句はあるまい?」


にこり、と笑みを浮かべる神子はなんと恐ろしい。笑顔ってこれほど恐ろしかったっけ、と奈々生は思った。冗談ではない。彼女は本気だ。

「奈々生、・・と申したな。わらわはそなたの数百倍は生きておる。可愛いなどと二度と口にするでない!」
「・・っ」
「それで、よいな?巴衛」

巴衛に話がふられ、奈々生の胸が鳴る。真剣な目で巴衛を見つめる。まさか承諾するはずが・・。信じていいんだよね、巴衛。
だが、そんな思いも空しく散る。

「神子の仰せのまま、に・・」

顔は逸らしたままだが、巴衛は確かにそう口にしたのだった。奈々生は一瞬なにが起こったのか頭がついていかなかった。

「巴衛どの!」
「いくら神子さまの仰ることでも・・あんまりです!」
「鬼切!虎徹!!」

巴衛の聞いたことのない声色に二人は黙る。しん‥と静まった部屋で奈々生の凛とした声が響いた。

「わたしは・・」

「土地神をやめる気はありません」
「奈々生!?」
「わたしは‥確かになんの力もなく、神様らしいことなんてなにもできなくて‥
でも少しずつ、神様やってみて、こんなわたしでも役にたつことができるんだ、って。わたしは神様の仕事が‥巴衛や鬼切くんや虎徹くんたちが大好きなんです!お願いします‥!神様続けさせてください!」
「奈々生‥」
「黙らんか。小娘。」

「きゃあああっ!」

黒い渦が、奈々生を包む。

「奈々生!」
「せっかくわらわが穏便に事を済まそうとしているのに‥続ける?なにができると言うのだ‥」
「‥う‥」

ぐにゃぐにゃと歪む感覚が気持ち悪い。のみ込まれてしまいそう。無という世界に。なにも考えられなくなる。

「そなたが印を返すと誓えば、すぐにそこからだしてやろうぞ。」
「‥や、だ‥!」
「苦しいであろう?孤独は辛い。言えば楽になるのだぞ!」
「‥いわっ、ない‥!」
「ならば五感、全て奪い、闇へと誘ってやろう」
「うあっ!あああああ!」
「神子!」

バチ、となにかの力と反発する。神子の右手は火傷のような跡。ゆっくりその方向へ身体を向ける。幼き顔とは思えないほど冷酷な瞳で。そこには奈々生を抱きかかえ、顔を怒りで歪ませた巴衛がいた。

「神子よ。今日はお引き取り願えぬか。」
「‥‥‥巴衛。小娘を庇うのか。」
「こんなやつでも俺の主人だ。」
「巴、」
「今度奈々生に妙な真似をしてみるがいい。いくら神子とて許さぬ」
「‥よほどその娘が大事と見える。よかろう。今日はお主に免じてこの場を去ろう。また来るぞ。」

神子が姿を消すまで見届ける。

「ーっ・・・はあ、・・・っ」

威圧感から解放された巴衛はどっと膝をついた。まだ心臓が煩く音を立て、じんわりと汗がでる。奈々生に視線を落としすーっ、と聞こえてきた寝息にほっと心を撫で下ろした。無事でよかった。
この場はなんとか収まったが、このまま大人しく引き下がる神子ではない。またなにか仕掛けてくるだろう。ふう、と重たい息を吐く。ざわざわ。霧がかってる黒いモヤが巴衛の体に侵食し、蝕んでいく。嫌な胸騒ぎが消えることはなかった。