小説 | ナノ




「兄様、まだあの伊佐那海という少女にお付き合いなさるというのですか?」
「・・お前は今の状況がそうとれるのか」



才蔵と東雲はあれから城をでた。頼りにしてた真田幸村には断られ希望を無くした伊佐那海はふたりのあとをついてきているのだ。寝床は与えてもらえたというのにそれを拒み、今一緒にいる。


「なんでついてきてんだ!城で泊めてもらえよ!
夜に森の中うろつくより安全だろ、帰れ!」
「イヤ!だったら才蔵も東雲も一緒に・・!」
「いい加減にしてくださいまし!兄様にも・・いいえ私にだって迷惑です!」
「一緒にいてよ・・アンタたち強いし
ここで会ったのもなにかの縁じゃない?」


そう言葉を発する伊佐那海の足は震えており、もう歩くのはおろか動けない状態だった。そうしてまで一人でいたくないというのか、彼女は。ほとほと呆れてしまう。強がったり、弱かったり、へらへらと笑って自分を押し殺したり、訳が分からない。


「東雲?」
「はっきりと仰らせていただきますが、あなたは足手まといなのです」
「でもね、東雲っ」
「その名前を呼ばないでくださいまし!」


東雲の荒げた声に伊佐那海は肩を震わせた。彼女もだが、東雲も限界だった。いつもは才蔵と2人きりで、こんなにもペースを乱されたことはなかった。苛々する。

「おい、東雲。いいかげんに」
「私たちがあなたにしてあげられることはなにひとつございません。あなたは邪魔です。」


そう言えば伊佐那海は黙り、なにも言葉を発さなくなった。


「行きましょう。兄様。」
「・・相変わらずの毒舌だな」
「私は兄様だけです。それ以外はなにも必要ないのです。関係ありませんわ・・」


そう思ってる筈なのに。
この苦しい気持ちはなに?





03




周りから気配が一つ、二つ・・増えていることに気がつかなかった。


「きゃああああああっ!」


伊佐那海の身体を糸のような、それよりはもっと太いもので拘束される。
才蔵の援護にまわろうとした東雲にも同じように、


「あっ、・・しまっ・・!」


伊佐那海と同様に身体の動きを封じられる。


「東雲!」
「・・っく、」


逃れようとするが、肝心の手足が使えなければどうしようもない。ぎちぎち、と肌に食い込む音がして、もっと余計に身動きがとれなくなってしまう。


(兄様の足手まといになるのは嫌ですのに・・!)


伊佐那海との一件もあり、気を緩ませていたせいだ。やっぱり関わりあいにならなければよかった。霧隠才蔵の妹なのに。恥じぬようにしてきたのに。

頼りにしていた東雲が戦えないことで、才蔵は舌打ちした。その才蔵の行為に肩が揺れる。・・どうしよう。兄様に呆れられてる。いらない、って。きっと嫌われちゃ、う。


「・・東雲?」


伊佐那海は目を見開いた。、と同時に驚きと焦りを見せ動揺を隠せないでいた。あの東雲が涙を流している。いきなりのことにどうしていいか分からなくなった。


「わ、わわっ・・東雲?!」
「もうお終いですわー!」
「・・・!!?」


さすがに才蔵も訳が分からず只見ているばかり。だが東雲がこんなにも声をあげて泣く姿を見たのはいついらいだろうか。


「東雲?なにがおしまいなの?」
「私は完璧でなければいけないのに・・あなたのせいで・・っ
兄様の前でこんな失態・・!もう生きていけませんわー!」


わあああ、と更に声をあげる。拭うものがないばかりか雫はぼたぼたと床へ落ちた。


「気にしなくて大丈夫だよ?」
「あなたにはこの恥ずかしさが分かりませんでしょう!?」
「そんなに恥ずかしいことなの?・・東雲?」


黙ってすすり泣くばかりで才蔵に視線を落とす。


「分からないよ才蔵・・」


聞こえてるはずなのになにも言ってくれない。どうして?なにが恥ずかしいことなの?捕まったから?なにも力になれないから?それなら、


「私だって同じ・・?」



ぐにゃぐにゃと気持ちが混ざる。そんな意識がはっきりとしていない伊佐那海に一人の刺客が背後を捕らえる。それに才蔵が気づくがもう遅い。刃物は正確に伊佐那海の首を捕らえた。血が噴出すのを覚悟した伊佐那海だったが敵が視界に入ったその時瞳が黒に染まる。

その瞬間。

真っ黒なもやが広がり全て飲み込む。東雲はぎゅっと目を瞑った。次に目を開ければ敵は倒れていて。きっとあのせいだろうと思った。敵を倒した伊佐那海も戸惑ってはいるがもとの笑顔に戻っていて才蔵とじゃれあっている。ゆっくりと足を運ばせた。伊佐那海と視線が合いどちらも逸らそうとはしないで、だけど気まずそうに。


「・・あなたには・・一応助けられましたからあり、が」「伊佐那海!」
「え?」
「名前で呼んでよ東雲!」
「・・・」
「だって私たち仲間であって友達じゃない?だから!」


この笑顔には人を惹きつける力があるんじゃないか。負けた、と思ってしまう。
手をぶっきらぼうに握り返せばさらに伊佐那海は幸せそうに笑った。


「これからよろしくね!東雲!」
「・・よろしくですわ、伊佐那海・・」

「でも才蔵に嫌われたくないからってあんなに泣くなんて東雲も可愛いところあるんだね!」
「・・!な・・!」


折角忘れかけてたことを。顔を真っ赤にさせ握っていた手を力強く叩き落とす。


「東雲・・?」
「私はあなたなんか認めませんわ・・!」
「え!?だってさっきは名前で呼んでくれたのに・・!ねえ東雲!?」

「・・お前ら一体なにがしたいんだよ」


目の前で繰り広げる光景に才蔵は深い深い何度目かのため息を吐いたのだった。

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