春を知らない蝶々 | ナノ
あれからどれだけの時間が過ぎたのだろう。ちら、と壁にかかってある時計に目をやれば六時を過ぎようとしていた。完全にテレビは始まってるし、夕飯作らないといけないし。なによりこの沈黙に耐える元気がもうない。なんとか帰る手段を見つけなければ。さて、ほんとどーしよ。
「おまえが」
「うん?」
やっと遥が口を開いた。
「おまえが勝手にいなくなってから皆心配してた
それに関しては自覚はあるな?」
「あるよ」
「だったら言えるだろ」
言えるだろ。そう言った遥の表情は真剣で。いなくなった理由を求めているのだろう。どうしても知りたいみたいだ。だけど、言えない。言いたくない。
「‥‥言いたくない」
ああもう。先ほどからこの言葉を何回口にしただろう。後は俯いて黙って。その繰り返し。ああ、もう。いい加減に察してよ。遥は昔から鈍い。そして素っ気ない態度といい方。昔は全然気にならなかったのに、今は辛い。真琴も渚も黙ってないでなにか言ってほしい。助け船とかないのか。

‥‥イライラ、する。

「もう私のことはほっといて。・・正直迷惑なの」
自分は今、何を言った?
「大体なに?言いたくないって言ってるのに無理やり聞こうとするなんておかしいんじゃない?」
言いたい言葉が違う。けれど、言葉が止まらない。
「仲良くなったのだってほんのすこしだけだったし!止めてよ‥‥ほんと重い。」
「名前ちゃん!それは言い過ぎだよ!」
やっと渚が口を開いた。
真琴が悲しそうにこっちを見る。
「なによ!2人まで‥‥お説教!?なんなのよ!皆んな勝手なことばっかり!私の気持ちなんか御構い無しで‥‥!
‥‥っ!遥‥‥?」
いきなり遥に腕を掴まれ、立たされたと思えばどこかへ連れていかれる。バシャン。
「・・・」
一体なにが起こった?私はなんで水の中にいるの
「頭冷やせ」
「は、なにそれ・・っ」
十分冷えましたが。と思いつつ遙を睨む。相変わらずの無愛想。でも怒っているように見えた。ああ。馬鹿だなあ、私。
「ちょっハル!?なにしてんの!?」
バスルームにはいってきた真琴が、私の悲惨な姿を見て驚いた。腕を掴み、ひきあげる。
「大丈夫!?」
「はは、大丈夫大丈夫」
「唇青紫色してなに強がってんの!」
「いた!」
真琴に頭を叩かれて、タオルでぐしゃぐしゃとやられる。
「わ、わわわっ大丈夫だって、それぐらい自分でやれるよ!」
「いいから!大人しくして」
「・・・はい、」
別の意味で拭かれて乾いた体から熱がおびる。熱い。熱くて、のぼせちゃいそう。
「名前ちゃん顔赤いよ!」
「‥‥っ!だ、大丈夫っ!」
渚に指摘されてドキンと胸が鳴る。ばれたかと思った。でもほんとに遥の言う通り頭冷えた。冷静になれた。
「あ、あの‥‥みんな‥‥」
先ほどの自分はどうかしていた。ただ心配してくれただけなのに。喚いて怒鳴り散らして友達を否定して。
言おう。私が泳ぐのをやめた理由を。きっと受け止めてくれる。
「あの‥‥聞いてくれる?」
前を向いて。
まずは謝る勇気を。

「みんなごめんね。」

許してくれる優しい彼らに胸が熱くなって、溢れた涙が止まらなかった。